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【世界の驚き選挙】有権者はたった1人? サウジの「リアル封建社会」
中東のサウジアラビアには、国会にあたる「諮問評議会」という機関がありますが、定数150に対して有権者は1人しかいません。国王です。国王がすべての議員を任命する制度になっています。それどころか、国王が首相を兼ね、大臣もすべて決めます。国王は世襲制で、一般国民はどう頑張ってもなれません。国民に不満はないんでしょうか。(朝日新聞国際報道部・神田大介)
世界広しと言えども、ほとんどの国で主権は国民にあります。王様がいる国でも、憲法などが権利を制限しているのがふつうです。たとえばイギリス、タイなど。象徴天皇制の日本もその一つと言えます。
ですが、サウジは今や数少ない「絶対王政」。国王は内政、外交などすべての国の方針を決め、軍の最高司令官で、他国に宣戦布告をすることができ、行政府の長として首相を兼務し、すべての大臣を任命し、法律の制定や改正ができる唯一の存在で、裁判でも最終的な責任者という、圧倒的な権力を持っています。
ただし、サウジは敬虔なイスラム教の国なので、国王もイスラム法(シャリーア)には従わなければいけないと決まっています。イスラム法は、イスラム教の聖典コーランと、預言者ムハンマドの言葉や行動がもとになっています。なので、国王と言えども酒は飲めません。
サウジアラビアの建国は1932年。サウド家という豪族がアラビア半島の大半を武力で統一しました。その後、ずっと憲法は持たず。国内外からの民主化を求める声を受け、ようやく憲法に相当する「統治基本法」ができたのは1993年と、建国後60年以上がたってからでした。
ただ、この法はそれまでに国王が持っていた絶対的な権力を法律で裏付けたもの。国民に主権を与えたり、国王の権力を制限したりする内容ではありません。
国会に相当する諮問評議会がつくられたのも同じ1993年ですが、選挙は導入されず。地域のバランスを踏まえつつ、各分野の大学教授、元官僚、イスラム法学者らを国王が任命します。
この諮問評議会、実は立法権を持っていません。自分たちで法律をつくることはできず、ほとんどの場合、政府がつくった法案について「ここはこうした方がいい」といった形で助言を与えるだけ。最終的に法律を認め、公布するのは国王です。
サウジアラビアの政治に詳しい、中東調査会の村上拓哉研究員に聞きました。これでは単なる「お飾り」では?
「法案をつくっているのは主に省庁ですが、諮問評議会が直すように勧告をすれば、その通りに直ります。ただ、『国王が右と言えば右』の国。そもそも政策の決定にどこまで法律の裏付けが必要なのか、我々の感覚とはずいぶん異なります」
立法権がないのに、サウジの諮問評議会を「立法府」と呼べるのでしょうか。
「これはなかなか難しい。諮問評議会は『国権の最高機関』ではないんです」
日本国憲法は、国会を「国権の最高機関」と位置づけています。政治の中心は、国民の代表(=国会議員)が集まる国会だということです。首相も国会議員による投票で選ばれます。
サウジの場合、国王が首相ですから、首相を中心とする内閣や省庁(行政府)の方が強い。その行政府がつくってきた法案を直せるわけですから、国王の認める範囲でという制限はありますが、諮問評議会にも一定の権限はあるようです。また、議員も法案を提案することはできる制度になっています。
逆に、日本でも実際に法律をつくるのは省庁であることが多く、議員立法は少ないというのが実態です。ときの首相が国会運営も牛耳っているように見える場面もあります。
政治に参加できないことに対して、国民の怒りはないんでしょうか。2011年、アラブの国々では「アラブの春」と呼ばれる民主化運動が各地で起き、エジプト、チュニジア、リビアで独裁政権が倒れました。サウジでは?
「民主化運動もあるにはあったんですが、盛り上がりませんでした。現状にあまり不満がないということでしょう」と村上さん。
サウジは屈指の産油国で、G20として世界の主要国に名を連ねています。所得税がないなど税金は安く、国民の暮らしぶりは周辺国と比べて豊か。働く自国民の4割は役所などで働く公務員(日本は1割未満)で、このほかにも国営石油企業のサウジアラムコ社員など王族の経営する企業で働く人が多く、国民は国王に養ってもらうという暗黙の了解があると言われます。
「サウジに行くたび、この国は今も封建制度の時代を生きていると感じます。たとえば日本でも、江戸時代の庶民は、年貢が重すぎるといった陳情はしても、自分が幕府に入って政治をしようとはあまり思わなかったんじゃないでしょうか」。そう村上さんは話します。
「国王が民主化を進めること自体は否定していない、という事情もあります」と村上さん。
サウジは2005年、はじめて本格的な選挙を導入しています。ただし、国政ではなく地方の評議会で、これも立法権は持ちません。しかも選べるのは定数のうち半分の議席だけ(のちに3分の2に引き上げ)。
当初は男性だけが対象でしたが、2015年の選挙からは女性も立候補や投票が認められ、女性議員も誕生しました。
また、2013年には諮問評議会の議員として、150人中30人に女性が任命されました。
足取りは遅く、内容も不十分に見えますが、ともあれ民主化は上から進められているというわけです。
ただし、サウジは事前に有権者として登録しないと投票できない制度をとっています。
現地からの報道によると、2015年の地方選挙の場合、有権者登録をしたのは男性135万人、女性13万人。サウジの人口は3150万人ですが、およそ3分の1は外国人労働者で選挙権なし。また、投票ができるのは男女とも18歳以上です。そこから計算すると、有権者の1割未満しか投票するための手続きをしなかったようです。
この選挙は248地方で行われ、全体の投票率は47%だったと報じられています。つまり、投票したのは70万人。人口3150万人の2.2%ということになります。地方によっては、100票程度で当選を決めた議員もいたそうです。
ロイターは、閑散とした投票所で職員があくびをする様子を伝えています。
とは言え、政府があえて面倒な手続きをつくり、投票を阻害しているとも言えません。というのも、サウジには戸籍がなく、有権者であることを確認するのはそれなりに作業が必要になるからです。
投票をしたところで、選ばれた議員にさほど権限がないことへの失望が国民の間に広がっているという見方もあります。
地元メディアは選挙についてあまり大きく報じていなかったそうです。政府の意向なのか、国民の選挙に対する関心の低さをそのまま反映したのか、微妙なところです。
もう一つ、村上さんが注目するのが、周辺では最も民主化が進んでいる国、クウェートの混乱ぶりです。
クウェートはサウジとイラクの間にある、四国とほぼ同じ面積の国で、やはり豊富に石油を産出します。1961年にイギリスから独立しました。サウジと同じようにサバハ家の「首長」が国を治めていますが、1962年に憲法を制定。国会には立法権があり、議員は国民による選挙で決まります。
とはいえ政党は認められず、首相の任命権も議会の解散権も首長が握っています。政府と議会はことあるごとに衝突。そこにサバハ家内部の権力闘争や、アラブの春でさらなる民主化を求める動きなども絡まり、内閣総辞職と解散、総選挙を繰り返しています。2006年から総選挙は7回を数えました。
結果、政府の進める大型プロジェクトはことごとく遅れ、経済は停滞。これをサウジ王家だけでなく、サウジ国民も冷ややかな目で見ているといいます。
対照的に、サウジが深入りを続ける隣国があります。南部で国境を接するイエメンです。
「アラブの春」はイエメンにも波及し、民主化運動が内戦に転じました。サウジは2015年3月から周辺国との連合軍を率い、イエメンの空爆を続けています。石油のほとんど出ないイエメンは「アラブの最貧国」とも呼ばれ、サウジにたくさんの出稼ぎ労働者を送っているとされます。混乱がサウジ国内に及ぶことを懸念しているのでしょう。
しかし、開始から2年半が過ぎても、戦況にはかばかしい進展は見られません。
この空爆では、戦闘員でない、多数の市民が犠牲になっています。病院や葬儀会場までも爆撃。戦闘が止まらないことで、餓死者や病死者も増え続けています。長期化の一端を担っているのは、明らかにサウジです。
国連は今月6日、2016年に683人の子どもたちを死傷させ、少なくとも38の学校や病院を破壊したとして、サウジら連合軍をブラックリストに掲載しました。
他方、石油の価格が下がったことなどから、サウジは実は財政難に陥っています。2017年の予算は日本円で約6兆円の赤字でした。イエメンへの空爆長期化も、かなりの負担になっているはずです。
ですが、サウジが空爆をやめる気配はまったくありません。この国には、国王が決めたことを止められる人がいないのです。
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