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290議席に「1万2000人」イランの国会選挙、多すぎる候補者の理由
10日公示になった衆議院選挙は、465議席に1180人が立候補しました。ところが、中東のイランで昨年2月にあった国会の選挙では、290議席に1万2000人あまりが立候補を届け出ました。なぜこんなに多く、どうやって投票する人を選んでいるのでしょうか。(朝日新聞国際報道部・神田大介)
日本で今回行われる衆院選は、選挙区と比例の別を考えずに単純に割り算すると、1議席を2.5人で争うことになります。
イランでいちばん最近あった2016年の国会議員選挙は、登録が締め切られた投票2カ月前の段階で1万2123人、1議席あたり41.8人が名乗りを上げました。
いろいろあって投票前日には4844人に減るんですが、それでもまだ1議席あたり16.7人。
定数は選挙区によって違うんですが、人口約850万人の首都テヘランは定数が30。最終的な候補者数が1111人だったので、37倍の競争率ということになります。
さて、こんなにたくさんの中から、人びとはどうやって意中の候補者を選ぶのでしょうか。
私は実際に、2016年2月にイランであった国会選挙を首都テヘランで取材しています。
選挙運動ができるのは投票前日までの1週間。ですが、さしたる盛り上がりは感じられませんでした。街頭演説も、選挙カーも、選挙公報も政見放送も見ませんでした。
1111人ともなると、政見放送も1人数秒ということになりそう。選挙公報だって雑誌1冊分にはなりそうです。実現は難しいでしょう。
数百台の選挙カーが鉢合わせて混乱する中心街なんて、ちょっと見てみたかった気もしますが、そもそもそういう仕組みがないようです。
日本で選挙の風景と言えば、候補者の顔を印刷したポスターが貼られた掲示板。届け出順に決められたスペースを使います。候補の数が多いと、板が横長に大きくなりますね。
実はイランでも、ポスターを貼るための掲示板が道路沿いなどに用意されます。なにせ候補者が1千人超。どれほど巨大になるかと思いきや、日本とそう変わりません。
なんと、誰がどこに何枚貼ってもいいんだそうです。となれば早い者勝ち!ではなく、既に貼ってあるポスターの上から重ねて貼るのが当然のようになっていました。選挙戦終盤にはもう、何が何やら。大きさも大小まちまち。お金や手間がかかることもあり、ポスターをまったく用意しない候補も多いようです。
また、掲示板以外への貼り出しは禁止されているはずなんですが、バス停、電柱、はては路側帯の植え込みにまでべたべたとポスターが貼りまくられ、きわめてカオスな雰囲気に。ただし、ポスターに政策などは書かれていません。
こんな状況で、どうやって候補者を絞り込むんだろうか。1週間は短く、あっという間に投票日になってしまいました。
投票所には学校やモスクが使われます。大きな白い紙に印刷された1111人の名前がずらりと並び、まるで受験の合格者発表のような雰囲気です。
まず驚いたのは、投票する人たちに隠す様子がまったくないこと。仕切りもない平らなテーブルの上で投票用紙に記入しています。まわりの人と談笑しながら書く人も。ついたて付きの机も用意されていましたが、あまり使われていませんでした。
見ると、多くの人が手持ちのビラから候補者名を書き写しています。
投票は各選挙区の定数まで、全員分の氏名と登録番号を手書きしなければなりません。テヘランの場合は30人分。選ぶのも、名前を覚えるのも、そして用紙に書くこと自体が、かなりの手間です。
そこで、政治的に同じ考えを持つグループが、それぞれ推薦する30人の名前を列挙したビラを配っています。スマートフォンの画面で確認する人もいました。
ビラは何種類かあるんですが、ほとんどの人が水色か黄色のビラを使っていました。
イランにも政党はあります。内務省に登録しているだけで280党もあるそうですが、あまり存在感がありません。考えの近い小さなグループが寄り集まり、「2大政治潮流」をつくっています。
それぞれのシンボルカラーは、「イスラムの教えや昔ながらの慣習に基づき、秩序ある社会を守ろう。イランの国益を再優先にし、考え方のあわない外国とは付き合いをやめよう」という人たちが黄色。「なるべく自由な社会にしよう。外国とも親しく付き合おう」という人たちが水色です。
ビラの色を見れば、遠目にもどちらに投票しているのかは簡単に見分けられます。だから隠す様子がないんでしょうか。
3カ所の投票所をまわり、計20人に聞いたところ、19人が「投票した中に名前も顔も知らない人がいる」と答えました。
イランには、知名度のある政治家はほんの一握りしかいません。また、再選率もあまり高くないと言われています。どうやら人物に投票するというより、進むべき社会の方向性を決める世論調査のような側面が強いようです。
とは言え、親類縁者や友人知人、地元の名士に投票するという人も、もちろんいます。
なお、この選挙は「水色」の圧勝に終わりました。テヘラン選挙区の当選者30人は、「水色」のビラにかかれた30人と一致しています。あまり候補者の数が多すぎても、かえって投票を集める候補者は限られてしまうのかもしれません。
それにしても、なぜこんなにたくさんの人が立候補するんでしょうか。イランの政治制度に詳しい、日本エネルギー経済研究所・中東研究センターの坂梨祥(さかなし・さち)研究主幹に聞きました。
「ひとつには、選挙を管理する内務省に行って名前を登録することは誰にでもでき、供託金がないからでしょう」
日本では、衆議院と参議院の選挙区や知事に立候補する場合は300万円、比例区なら600万円を預け、一定の票を得なければ没収されます。衆議院の選挙区なら、有効投票総数の10分の1です。
イランにはこうした制度がありません。実は、アメリカ、フランス、ドイツ、イタリアも選挙供託の制度はなし。イギリスやカナダにはありますが、10万円もしないそうです。
日本の供託金が高いのは売名行為を防ぐためだとされていますが、イランのように人数が多いと効果は薄そうです。
「それと、自由ということが大きいのでは。イランではさまざまな制約があり、特に公的な空間では、人びとが完全に自由にできることはなかなかありません」と坂梨さん。
イランでは自由なデモや集会は事実上禁止されています。地上波のテレビ局はすべて国営で、国の方針に沿わない報道をした新聞や雑誌はすぐにとりつぶし。
音楽やダンスなども、一部の例外を除き、人前ですることは制限されています。
そんなイラン国民にとって、誰でも参加でき、自分を表現できるというのは貴重な機会で、魅力的に映るようです。
ただ、全員が立候補できるわけではありません。
国(の一機関)が事前審査をします。基準は、イラン国籍がある、30歳以上75歳以下、選挙区で悪い評判がない、イスラム法学者の統治に忠誠を誓うこと、など。
審査は密室で行われ、失格の通知にも理由は一切説明されないため、国に都合の悪い候補者が落とされているのではないか、という批判が絶えません。
この選挙では、届け出の締め切りから3週間後、約7300人が失格になったと報じられました。全体の6割です。
これに対し、「水色」系の候補者ばかりが失格になったと大きな批判が巻き起こりました。審査をしている機関は、「黄色」陣営に考えが近いことが知られています。
すったもんだのあげく、約3週間の再審査を経て、追加で1500人が合格することが決まりました。
「イランでは、法的に認められている権利でも、その行使に制約が課される場合があります。だからこそ、そのような制約のない立候補、または投票する権利を『行使したい』と考える人が多いのかもしれません」と坂梨さんは指摘します。
イランは大統領制の国ですが、三権の分立がきちんと機能し、大統領はあくまで行政府の長。国会は立法府として確固たる権限を持っています。政権の方針や政局に影響を与えることも多く、むしろ日本よりも国会の権威は高いくらいです。
この選挙の投票率は62%でした。
投票所から出てくる人たちが、どこか晴れ晴れとした、満足げな表情を浮かべていたことが印象に残っています。
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