連載
#18 みぢかなイスラム
サウジで女性の運転が「解禁」 世界で唯一「禁止の国」に何が?
今春に国王一族が来日した際、エスカレーター式の特製タラップやずらりと並んだ高級車など、その豪華さが話題になったサウジアラビア。そのサウジアラビアは世界で唯一、女性による車の運転が認められていませんでしたが、来年6月から解禁される見通しとなりました。現地の日本の自動車メーカーも歓迎のメッセージを送っていますが、そもそも運転を禁じる法律はサウジにありません。にもかかわらず、取り締まりの対象となっていたのはなぜか。さらにこのタイミングでの解禁の背景は。日本車メーカーには新たな商機となるのか。サウジに詳しい専門家や日本車メーカーなどに話を聞きました。
#شكراً_للقيادة للسماح بـ #قيادة_المرأة_السعودية_للسيارة 😊 pic.twitter.com/YLLN1rvmcu
— Toyota Saudi Arabia (@ToyotaALJ) 2017年9月28日
9月26日、サウジアラビアのサルマン国王は、女性による車の運転を来年6月に解禁する勅令を発表しました。「発表は突然でしたが、サルマン国王に代わってからはあり得ると思っていました」。こう話すのは、東京大中東地域研究センターの辻上奈美江特任准教授です。
国名が「サウド家のアラビア」という意味のサウジアラビアは、1932年の建国以来、サウド王家が絶対君主制を敷いています。イスラム教の中でも厳格なワッハーブ主義に基づく政教一致を国是としているこの国では、サウド家の統治に正当性を与えている宗教界が影響力を持っています。
女性の車の運転に関しても、法律ではなく、「ファトワ」と呼ばれる宗教令で禁じられています。出されたのは1990年。それまでもあった「危険だから女性には運転させない」という慣習に、外国で免許を取得した女性たちが異を唱えて起こした「運転デモ」がきっかけでした。
列を組んだ15台ほどの車が首都リヤドの街中を走行しましたが、すぐに当局が拘束。この時に「性的誘惑を呼び起こす」などの理由でファトワが出され、女性の運転が公式に禁止されました。違反者にはこれまで、長期停職や海外渡航の禁止などの判決が下されています。
なので、サウジで女性が車移動をする場合は、家族の男性や雇っている外国人運転手が運転するのが一般的です。公共交通機関が発達していないサウジでは、ちょっとした移動も車が必要になります。研究のため年に1度はサウジを訪れる辻上さんによると、最近では「ウーバー」の利用も広がっているそうです。
就業や就職、旅行にも男性後見人の許可が必要とされるなど制約が多いサウジで、女性差別の象徴とされてきた運転の禁止。2011年には解禁を求めて、アメリカで免許を取得したというサウジの女性活動家が、自ら運転する動画をユーチューブに投稿し、拘束されることもありました。
それだけに今回の決定は、女性の社会進出を求めてきた人々から「画期的だ」と歓迎する声が上がっています。
運転解禁の理由についてサウジ政府は「高位のイスラム法学者が精査した結果、女性の運転を許可することに問題は見つからなかった」と説明しています。
この説明について辻上さんは、「宗教界が骨抜きにされつつある一つの表れ」と指摘。米国内で大量の天然ガス・原油の生産を可能にした「シェール革命」による財政悪化と、時を同じくして即位したサルマン国王(81)と息子のムハンマド皇太子(32)による改革が大きいと分析します。
1938年に大規模な油田が発見されて以来、歳入の大部分を原油関連に頼っていたサウジ。2014年夏から始まったシェール革命による原油価格の急落は、国家財政に直結。過去30年あまりで3倍超に急増している人口増加もあって、歳入が歳出に追いつかず、2017年予算の財政赤字は1980億リヤル(約6兆円)と巨額です。
過去の原油安とは違ってシェール革命による構造変化が根底にあるため、価格の急回復は見込みにくいことから、「脱石油依存」が急務になったサウジ。そのかじ取りを任されたのが、ムハンマド皇太子です。
サルマン国王の七男であるムハンマド皇太子は、2015年4月に副皇太子に就くと、翌年4月に石油に頼らない経済への移行を目指す指針「ビジョン2030」を発表しました。
「活気ある社会」「盛況な経済」「野心的な国家」という三つの柱の中には、「サウジアラビアの女性もまた、社会において欠かせない存在です。(中略)国家では女性の能力開発や生産能力への投資を通じて彼女たちにより良い未来を提供し、今後の社会および経済の発展に貢献してもらいたいと考えています」などと女性の社会進出支援を明記。「この頃から、女性運転を解禁する兆候はあった」と辻上さんは話します。
ビジョン2030の発表後は、規制されている映画館の将来的な解禁などに向けて「娯楽庁」を新設したり、国営の石油会社・サウジアラムコの新規株式公開への準備を進めたりするなどの経済改革を進め、今年6月には皇太子に昇格したムハンマド氏。今春の来日には同行しませんでしたが昨夏に来日しており、「ビジョン2030」をベースにした日本との経済協力の合意に道筋を付けていました。
こうした矢継ぎ早な改革はこれまで、宗教界の猛烈な批判にあってきました。1月にはサウジの宗教最高権威者が、映画や音楽コンサートを「有害で堕落した娯楽」と断じ、娯楽産業の拡大を求める動きに反対を表明しています。
それでも、ビジョン2030を「錦の御旗」に改革を進めるサウジ政府。地元メディアは運転解禁によって、国内経済にはプラスの影響があると伝えています。こうした攻勢に宗教界が押されているのが現状で、中東調査会の村上拓哉研究員も「欧米の価値観の影響に伴うサウジ社会の価値観の変容や、宗教界の影響力低下が女性運転解禁の背景にある」と指摘します。
女性の運転解禁については、日本の自動車メーカーも歓迎しています。トヨタと日産は、現地会社のツイッターアカウントで「女性への運転が認められおめでとう」とツイートしています。
自動車調査会社のフォーイン(名古屋市)によると、サウジの2016年の自動車販売数は約69万台(推定)。日本車の人気が高く、シェア1位のトヨタは全体の3割を占めているとされています。砂漠地域特有の悪路や雨が少ないことから「頑丈で荷物が載せられる」車の需要が高く、ピックアップトラックや大型SUVの販売が好調。「故障が少ない」ことも人気を後押しをしているそうです。
今回の勅令は日本車にとって新たな追い風になるのでしょうか。トヨタのツイートには、米国向けに販売しているカローラが女性と一緒に登場しています。サウジでは販売していない車種ですが、「広く関心を持ってもらうために、現地の販売代理店が選んだ」。まだ目立った動きはありませんが、女性をターゲットにした販売戦略についても「検討が必要と感じている」としています。
日産のツイートも「2018 女性」と特製のナンバープレートを作るなど、女性の運転を歓迎していることが想像できます。
Congratulations to all Saudi women who will now be able to drive. #SaudiWomenDrive pic.twitter.com/g3p8276rOr
— Nissan Middle East (@NissanME) 2017年9月26日
ただ、辻上さんによると、運転手は移動の際の運転だけでなく、ちょっとした買い出しなど雑用もしていることが多く、「富裕層の女性などは、運転手を解雇してまで運転することはないのではないか」。ウーバーも使い勝手がよく、免許取得を出来る環境整備も時間がかかることから、運転をする女性が急速に増えることはないとみています。日本車メーカーも基本的には「様子見」のスタンスとのこと。来年6月以降、街中を女性が運転する風景が当たり前になるのか、経済改革の進展とともに注目です。
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