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文学部って役に立ちますか? 「海を見る自由」の元名物校長に聞く

「文学部って何の役に立つの?」。立教大学名誉教授で自由学園最高学部長を務めている渡辺憲司さんに聞きました。

自由学園最高学部長を務めている渡辺憲司さん=東京・池袋にある自由学園明日館で
自由学園最高学部長を務めている渡辺憲司さん=東京・池袋にある自由学園明日館で

目次

【ネットの話題、ファクトチェック】

 「文学部って何の役に立つの?」。そんな声に対する大阪大学文学部長の式辞が先月話題になりました。東日本大震災の直後、卒業式が中止になった高校生に向けて「大学に行くとは『海を見る自由』を得るためなのではないか」というメッセージを送った校長がいました。立教大学名誉教授で、現在は自由学園最高学部長(最高学部=大学部)を務めている渡辺憲司さん(72)です。立教大学文学部長も務めた渡辺さんに話を聞きました。

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金水敏さんの式辞が話題に


 ツイッターで先月話題になったのは、大阪大学文学部長で大学院文学研究科長も務める金水敏さんの式辞です。

 今年3月に開かれた文学部・文学研究科の卒業・修了セレモニーで読み上げたもので、文学部で学ぶことの意義について、こう述べています。

 しかし、文学部の学問が本領を発揮するのは、人生の岐路に立ったときではないか、と私は考えます。

 今のこのおめでたい席ではふさわしくない話題かもしれませんが、人生には様々な苦難が必ずやってきます。

 恋人にふられたとき、仕事に行き詰まったとき、親と意見が合わなかったとき、配偶者と不和になったとき、自分の子供が言うことを聞かなかったとき、親しい人々と死別したとき、長く単調な老後を迎えたとき、自らの死に直面したとき、等々です。

 その時、文学部で学んだ事柄が、その問題に考える手がかりをきっと与えてくれます。しかも簡単な答えは与えてくれません。ただ、これらの問題を考えている間は、その問題を対象化し、客観的に捉えることができる。それは、その問題から自由でいられる、ということでもあるのです。これは、人間に与えられた究極の自由である、という言い方もできるでしょう。

 人間が人間として自由であるためには、直面した問題について考え抜くしかない。その考える手がかりを与えてくれるのが、文学部で学ぶさまざまな学問であったというわけです。

(※全文ではなく一部抜粋)

 先月、金水さんのブログで公開されていた式辞全文がツイッターに投稿されると、「すごく心に響くものがある」「なんとなく入った文学部の娘に読むのを勧めたい」といったコメントが寄せられ、いいねが1万4千を超えました。

金水敏さん=2012年の朝日新聞より
金水敏さん=2012年の朝日新聞より

「海を見る自由」とは?


 6年前の2011年、東日本大震災の影響で卒業式が中止になった立教新座中学・高校。当時校長だった渡辺さんは、高校を卒業する生徒たちへのメッセージをホームページに掲載し、話題になりました。

 誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。

 大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。

 言葉を変えるならば、「立ち止まる自由」を得るためではないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えてもいい。

 中学・高校時代。君らに時間を制御する自由はなかった。遅刻・欠席は学校という名の下で管理された。又、それは保護者の下で管理されていた。諸君は管理されていたのだ。

 大学を出て、就職したとしても、その構図は変わりない。無断欠席など、会社で許されるはずがない。高校時代も、又会社に勤めても時間を管理するのは、自分ではなく他者なのだ。それは、家庭を持っても変わらない。愛する人を持っても、それは変わらない。愛する人は、愛している人の時間を管理する。

 大学という青春の時間は、時間を自分が管理できる煌めきの時なのだ。

(※全文ではなく一部抜粋です)
立教新座中学・高校の校長だった当時の渡辺憲司さん
立教新座中学・高校の校長だった当時の渡辺憲司さん

渡辺さんは遊郭研究の第一人者


 近世文学が専門で、遊郭研究の第一人者としても知られている渡辺さん。

 タモリさんが街の歴史に迫るNHK番組「ブラタモリ」に出演した際は「あのメッセージを書いた人とは思えない」といった声も聞かれたそうです。

 「海を見る自由」に込めた思いについて、こう振り返ります。

 「個人の自由な生き方を大学という時間に求めよということを述べましたが、自らの中に抱え込むという意味ではありません。学ぶとは、自らのためではなく、異なるものと関係性を深めることです。自己満足の結果を求めることは、学ぶとはいいません」と話します。

 そして、こう続けます。

 「あえて誤解を恐れずに言います。国家を変え、地球を守るのは政治力ではありません。理想に向かい感性を鍛える文学の力です」

自由学園最高学部長を務めている渡辺憲司さん=東京・池袋にある自由学園明日館で
自由学園最高学部長を務めている渡辺憲司さん=東京・池袋にある自由学園明日館で

「今こそ文学力が必要」


 日本の政治情勢や北朝鮮問題などを念頭に置きながら、「文学力を培うことは決断と実行力を求めることだ」と渡辺さん。

 「文学力の根源にあるのは、言葉です。言葉はコミュニケーションを通じて有効性を保ちます。行き詰まった交渉を打開し、寛容を力とし、人々を結び付け、傷をいやし、弱者の立場に寄り添うことが出来るのは、言語が培った文学力です。対話を忘れるということは、自らの人間性を放棄することにつながります」

 「己を陶冶(=育成)するという訓練は、他者に何をどれほど働きかけるかによってその評価が決まります。他者の苦悩を自己の身に振り替えることがどれほど出来るかが問われるのです。それが文学部の学びです」

 そして、こう結びます。

 「日本は五里霧中の岐路で迷走しています。今こそ文学力が必要とされているのです」

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