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館林の暑さは「ズル林?」温度計の周りがアスファルト、気象台は…
全国有数の「暑いまち」として知られる群馬県館林市。ところが、ネット上には「ズル林」という批判もあるようです。毎年夏になると「全国最高の○度を記録」といったニュースに名前が挙がる館林市ですが、その数字が怪しいというのです。ズルと聞いて、放ってはおけません。専門家と一緒に、調べてみました。(朝日新聞前橋総局・角詠之)
館林市を訪れると、市内のあちこちで「日本一暑いまち」という文字を見かけます。2007年には40.3度を記録。これは気象庁が各地点の観測史上1位の値を使って作ったランキングで10番目に高い記録です。
今年は5月21日に35.3度を記録して、「全国初」の猛暑日を早々に記録。8月9日には38.8度で「今日の最高気温地点」としてニュースで報じられました。
そんな館林ですが、インターネットで「館林 気温」と検索すると、関連キーワードに「ずるい」という言葉が出てきます。
気象庁は、各地の気温を測るために「アメダス」を設置していますが、館林のアメダスは、素人目に見て「ここに温度計を置いたら、実際より高い数字になっちゃうんじゃないの?」という場所に置いてあるのだそうです。
さっそく、現場に行ってみました。
館林のアメダスは、お店と住宅に囲まれた館林消防署の駐車場を間借りしていて、フェンスで囲まれた敷地の真ん中に、銀色の温度計がありました。「確かにこれは……」。思わずそんなつぶやきが漏れます。
地面は芝生ではなく、シートで覆われています。日差しが強い日の照り返しとかは、大丈夫なのでしょうか。フェンスの脇には、高さ1メートルほどの植木がありますが、この程度で効果があるのかどうか。
駐車場の真横という立地ですが、車の出入りは気温計に影響しないのでしょうか。駐車場には「前向駐車」(アメダスに排ガスがかからないように)とあります。アメダスの北と東の2面は、アスファルト舗装の道路で囲まれています。
比較のために、中之条や熊谷など他のアメダス設置場所にも行ってみると、小学校の校庭内だったり、住宅街でも芝生が生い茂っていたりと、ずいぶん環境が違うなと思いました。
前橋地方気象台の担当者に、直接、疑問をぶつけてみることにしました。
――館林のアメダスって、設置基準は大丈夫ですか?他の街のアメダスと違いすぎません?
「条件に適合したものであることに間違いありません」
――条件ってなんでしょうか?
「温度計の高さが1.5メートルであることや、センサーの設置場所が熱源と接していないことなどです」
――でも、車が多く止まっていますし、周りはアスファルトの道路です。
「アスファルトなどの人工熱源がある場合は、影響を受けないように、低木植栽の対応をとることがあります」
――でも、温度計の周りは芝生ではありません
「あえて防草シートを敷いています。場所によっては、温度や雨の観測に影響を及ぼす雑草が生えてしまう可能性があるので、シートで防いでいます。調査をして、シートは観測に影響はしないものを使っています」
――館林は本当に「暑いまち」なのですか?
「はい。埼玉県北東部(熊谷があるあたり)から群馬県南部の東側(館林があるあたり)は内陸で、海岸から遠く、冷たい空気が入った海風が吹きません。高気圧に覆われて安定して晴れると気温が上がりやすい地域です」
気象台によると、この地点での観測開始は1974年11月から。最初は雨を測るだけだったそうですが、78年12月からは気温や風など4要素を測るようになったといいます。
しかし、どうにもまだ納得しかねます。本当に発表された気温の通りに館林は暑いのか、自分で調べてみることにしました。
群馬大学で気象学を教えている岩崎博之教授に同行をお願いしました。教授が持つ「アスマン通風乾湿計」と呼ばれる器具を使って、いざ、決行です。
8月10日、教授に加え、岩崎研究室の大学院生.松井孝夫さん(49)と息子の伸君(13)、丹野宗丈記者(27)と私(25)の5人が館林市に集まりました。丹野記者は「暑いまち」のライバル、埼玉県熊谷市出身。「ネットで見て館林はずるいと思っていた」と参戦してくれました。
さあ、大人の自由研究の始まりです。
岩崎教授の指導で、2人一組に分かれ、1人が高さ1.5メートルほどのところに温度計を手で掲げて、もう1人が温度をのぞき込みます。岩崎教授は、「(館林市のアメダスは)市街地の中にあるので、郊外の方が低くなると思います。
毎年、1年生が群馬大荒牧キャンパスの気温分布を測定しますが、晴れていれば2℃以上の温度差が現れることは珍しくありません」と話します。
実験日の天候は、曇り。観測地点は、アメダスがある館林消防署近くから約1キロごとに郊外に向かって4カ所。舗装されたアスファルトではない地点を選びました。
時間は、一日のなかで最も気温が高くなる午後1時、2時、3時の3回です。といっても2班で4カ所なので、4カ所すべてでぴったりの時間に測れません。そこで、午後1時の前後に1回ずつ測って、平均値などをとった地点もありました。そのため、アメダスとは観測環境が異なることを明記しておきます。
結果は、私たちが測った気温の方が、どの地点、どの時間でも、アメダスより低かったです。アメダスとの差は、最小で0.1度、最大で1.3度。
ただ、岩崎教授によると、「晴れて気温が高い日ほど、ズレが大きい可能性がある」とのこと。この日の最高気温(アメダス)は29.0度と、あまり高くありません。これでは納得がいかず、3日後、再挑戦をすることにしました。
8月13日、快晴とまではいきませんが、まずまずの日差し。少し動くと汗ばむ陽気です。「今日こそは」と気合が入ります。
岩崎研究室の方々は参加できませんでしたが、「北関東は真面目さが売り。本当にずるをしているなら許せない」と話す隣県の宇都宮市出身の山崎輝史記者(23)が加わり、丹野記者と私の3人で計測しました。
観測地点は3カ所。時間は前回と同じ、午後1時~3時の3回。何をやっているのかと、市民の方からいぶかしげな視線を浴びながらの調査でした。
さて、結果です。
やはりこの日も、すべての地点・時間で、私たちの観測値がアメダスより低かったです。最小で0.7度、最大で2.4度の違いが出ました。
この日の最高気温は、アメダスでは33.3度でした。個人的な感想では、全国の暑い都市たちと戦いでは、1度以下の差で結果がわかれることもあるので、2度以上も違いがあるのは少し気になりました。
2日間の観測の結果、次のようなことが分かりました。
(1)アメダスは、晴れでも曇りでも、館林の他の場所より気温が高い
(2)気温差は、曇りより晴れの日の方が大きい
ちなみに館林では、気象台だけでなく、群馬県も独自に気温を測っています。群馬県環境保全課が、空気の汚れなどを測る目的で、館林市内2カ所で計測しています。
こちらとも比較してみましょう。
私たちが実験をした8月10日と13日の気温データを県環境保全課から入手しました。10日午後3時にアメダスを0.3度上回った気温がありましたが、他の11個の記録はすべて、アメダス以下の値でした。
岩崎教授によると、アメダス気温が、他の観測地点より高くなった理由として以下のことが考えられるそうです。
(1)アメダス地点があるのは都市部。人間活動によって熱が放出され(エアコンなど)、その分気温が高くなりやすい
(2)アスファルトや土など、観測地点の周辺環境が違うこと。郊外の土は土の中の水分が蒸発して、気化熱を奪うため、その分、表面が冷却されて気温も低くなりやすい。
他にも、風の通りにくさや建物間の赤外線のやりとりの効果なども考えられるのだとか。
今回の実験結果を前橋地方気象台にぶつけました。
取材に応じてくれたのは、永井佳実・観測予報管理官です。
「館林のアメダスは市街地にあり、そのくらいは『差』の範囲内ではないでしょうか。風の吹き方や雲の出方、市街地では車が通ったかなど、様々な要素で気温は変わってきますし」と淡々とした表情で答えてくれました。
館林のアメダスが市街地に設置されていることについては、「他にも市街地に設置されているアメダスはあります。同じ場所で継続して測ることが大事です」。
永井さんは中学生の頃、気象についてのクラブ活動の一環で、私たちと同じように市街地と郊外の気温差について測った経験があるそうです。そういった経験もあって今の職業についているそうです。
「ズル林」という言葉自体は知らないそうですが、設置場所について疑惑をもつ人がいることは知っているそうです。
でも、「話題になっているのは悪いことではないと思っています。こういうことから気象のことに興味をもつ子供たちが出て、将来は気象予報士といった気象関係の仕事についてくれたらいいですね」と笑顔で話しました。
ちなみに、館林のアメダスが間借りしている館林消防署は、耐震化に伴う立て替えにより、2020年度までに移転する予定です。では敷地内のアメダスは――。気象台によると「今後検討していく方針」だそうです。
20年度以降の館林の気温にも注目したいですね。
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