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歌う!踊る!「お隣の国」の大統領選が、ライブみたいだった理由
そこはまるでコンサート会場のようで、幾千ものまばゆい光にあふれる1枚の写真になりました。初めて取材した韓国の大統領選挙。街の行く先々で出会う市民も、地元メディアも、とにかく熱っぽく、どこか楽しそうです。選挙なのに、なぜ? カメラを手に駆け回り、考えました。(朝日新聞映像報道部記者・遠藤啓生)
5月8日、韓国大統領選の投票日前夜。ソウル市民の憩いの場である光化門広場に、若者ら約5万人が集まっていました。翌日には第19代韓国大統領に選ばれることになる文在寅氏を応援する人たちです。
集会もいよいよフィナーレ、音楽が止まると、みなが一斉にスマートフォンに「支持」を表現する明かりをともしました。まるで巨大スタジアムでのコンサート。再び音楽が流れ出すと、スマホを持つ手を左右に振って、選挙戦の終わりが、なごりおしいかのようです。
今回の選挙は、前大統領の弾劾・罷免という国にとって異常事態から始まっています。
私がソウル入りしたのは5月5日。15人の候補が立った選挙戦も終盤です。出発前に想像していた悲壮感は、そこにありませんでした。
大学城下町・新村(シンチョン)での与党候補・洪準杓氏の集会に出かけました。東京で言えば高田馬場のような場所でしょうか。
ビルの谷間に設けられたステージの前は、候補者カラーである真っ赤なTシャツ姿の支持者で埋まっています。
支持者たちの手には候補の似顔絵や写真を貼り付けたうちわ、当選を願う横断幕が夕日に照らされて舞っています。
本人が姿を見せると、大喝采とともに担ぎ上げられます。盛り上がりは最高潮です。
演説の後は、アップテンポな選挙広報ソングに合わせて踊りが始まります。皆が、これから起きる「何か」を心待ちにしているような空気に包まれています。
誰もが選挙を楽しんでいる――。地元メディアの人たちと接しても、そう思える瞬間が何度もありました。
「人の波に気をつけろよ」
ある通信社のカメラマンは、私が初めての大統領選取材と知るやいなや、そう言って笑顔で肩をたたいてきました。
アドバイスの意味がわかったのが、買い物客でにぎわう蚕室(チャム・シル)の地下街でのことです。
ベンチャー企業家の顔も持つ安哲秀候補が姿を現すと、一目見ようと群衆が一気に彼を囲みました。カメラマン顔負けの接近力でスマホを向けます。
私はといえば、身動きがとれず、満員電車の状態。カメラを持った両手を高くあげて撮影するしかありません。安氏と一緒に写真を撮ることが出来た親子は満足げに笑みを浮かべています。
「これが韓国スタイル」
日本から取材に来た私を、焼き肉とマッコリで歓待してくれた地元紙・東亜日報のカメラマンが教えてくれました。
「選挙は、お祭りみたいなものだよ」
歌って踊って、うちわをかざして…という一方で、私には人びとの研究熱心さが印象的でした。候補者の訴えていることをSNSで、特に若い世代はチェックしているし、ネットメディアも候補者の演説を中継している。候補者も訴えたい政策をできるだけわかりやすく訴える工夫をしていました。
そして迎えた投開票日の夜。
文在寅氏の「共に民主党」の一室で、開票状況を見守る陣営にカメラを向けていた時のことです。文氏の「当選有力」の速報がテレビから流れ、大きな拍手がわき起こりました。
取材に来ている記者の中にも立ち上がって拍手を送る人たちがいました。これも想像しなかった光景でした。
新大統領誕生の前夜、スマホの光に照らされていた同じ広場には、3年前に起きたセウォル号の沈没事件への国の対応をめぐって、抗議活動のテントが並んでいました。
ひとりひとりが票を投じる選挙を通じて、国全体を覆っている、もやもやとした閉塞感を打ち破りたい。強い思いのこもった光なのだと思います。
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