話題
研究費は「研究者のために」 日本捨てる若手学者、自民に直訴へ
香港の大学への移籍理由を「給料です」とツイートして話題になった一橋大学講師の経済学者、川口康平さん(34)が、今度はツイッター仲間とタッグを組み、河野太郎衆院議員に「研究費を研究者自身のために使わせて!」と要望します。日本の研究界を捨てるのになぜ、日本の研究環境の向上のために動くのでしょうか。
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香港の大学への移籍理由を「給料です」とツイートして話題になった一橋大学講師の経済学者、川口康平さん(34)が、今度はツイッター仲間とタッグを組み、河野太郎衆院議員に「研究費を研究者自身のために使わせて!」と要望します。日本の研究界を捨てるのになぜ、日本の研究環境の向上のために動くのでしょうか。
香港の大学への移籍理由を「給料です」とツイートして話題になった一橋大学講師の経済学者、川口康平さん(34)が、今度は九州大学准教授、大賀哲さんとタッグを組み、政権与党・自民党を攻めます。狙いは、国から研究者が獲得した研究費を「研究者自身のために使わせて!」と訴えること。5月21日に、自民党行政改革推進本部長の河野太郎衆議院議員に要望書を提出する予定です。日本を捨てる学者がなぜ、日本の研究環境向上のために動くのでしょうか。
きっかけは5月4日の大賀さんのツイートでした。
「召し上げ」られるのは自分で勝ち取った研究費のうち、自分のために使わせてもらうこともできるはずの「間接経費」。国のルール上は、例えば研究以外の事務を代行してくれる秘書の雇用にも使えるはずのお金です。
研究者が自ら研究プランを提案し、認められたとき、国から所属研究機関に支払われる競争的研究資金には、この間接経費が付いてきます。額は直接の研究費の約3割分。使い道は、国の指針で、その研究者の活動支援と研究機関全体の環境改善と定められています。
東南アジアの人権などが専門の国際政治学者である大賀さんも今年度、約200万円の間接経費を獲得しています。ですが、職場で間接経費は、ほとんどが光熱費や事務用品の購入・維持費までも含めた大学や学部の共通の経費として使われてしまいます。競争的研究資金を獲得している教員は約3割しかおらず、大賀さんは「不公平感は強く持っています」と明かしました。
この日、大賀さんは計15回の連続ツイートを投稿し、事務員さんを雇ってもらおうと思ったら断られた話などを交え、大学の間接経費の使い方への思いを訴えました。
⑦で、実際に申請してみましたというのが先日のこの申請。案の定リジェクトされましたが…。https://t.co/CilEbgAf8q
— Toru Oga / 大賀哲 (@toruoga0916) 2017年5月4日
これに反応したのが川口さんでした。東大の学祭で河野太郎氏を招き、大学行政について議論するイベントがあると知らせ、そこで意見書を「提出するとよいと思います」と提案。協力体制をとりました。
@toruoga0916 五月祭で河野さんを呼んでそこで意見書を出す場が設けられるようなので、調査してそこで提出するとよいと思います。
— Kohei Kawaguchi (@mixingale) 2017年5月4日
話はトントン拍子に進み、研究現場の課題をブログを通じた研究者との交流で調べていることでも知られる河野氏に提出する要望書が、5月15日にまとまりました。10日余りの突貫工事でしたが、ネットに公開すると「大変画期的な提案」「心から感謝する」などの声が寄せられています。
要望書の最大の狙いは、「研究者の研究時間を確保させて欲しい」という訴えです。
実は、国の調査でも研究時間不足は明らかです。研究者の仕事全体に占める研究時間の割合は、2002年から2013年の間に46.5%から35%に激減しました。
「時間がなかったら、いい研究なんてできるわけがないですよね。本当は若手で7割、教授級でも5割は必要だと思います」と川口さんは言います。
だからこそ、「進めるべきだ」と認められた研究に国から支払われる費用であるならば、せめてその中の間接経費をその研究に使う時間の確保のためにこそ使って欲しい、と考えています。
具体的には、研究以外の事務をしてくれる秘書の雇用などに使わせて欲しい。要望書には、日本の研究者1人あたりの研究支援者が0.24人と主要国では最も少ないこと、中国では1.19人と日本の5倍もいることが、書き連ねられています。
実は、日本の制度上も、間接経費を秘書などの雇用に使えます。ただ、そうした研究の支援に使うお金と、光熱費なども含めた研究機関全体の環境向上に使えるお金の割合は、不明確です。英国の場合、約20%は研究支援用に確保されているそうです。
「間接経費を最終的にどう使うかは大学が決める問題だと思います。ただ、研究の生産性向上は、税金をどのように有効活用するのかという問題でもあります。研究時間の確保などに間接経費の一定の比率を割くように定めるなど、国は使途の指針を明確化すべきだと思います」と大賀さんは訴えます。
大賀さんの思いを、河野氏への要望書の提案で具体化に結びつけた川口さん。4月に自らつぶやき話題になった、給料がいいから香港に移籍する、というツイートがきっかけでした。
頭脳流出を防ぐ上で日本の研究者の給与制度はこれでいいのか、という議論を巻き起こすためのツイート。真意を知った教え子が、川口さんに東大のイベントへの参加を依頼したことが、要望書につながりました。
それにしてもなぜ、8月には香港の大学に移籍し、いわば日本の研究界を捨ててしまう川口さんが、日本の研究環境の向上のために動くのでしょうか。
「やっぱり、愛国心もあるんだと思うんですよね」
川口さんは、企業が行う情報処理がどう業績に反映するか、などを対象に研究しています。より一般化すると、経済界で起こる現象の中からある種、普遍的な知見を見いだす仕事です。
「香港で研究するだろう海外の現象にも、アカデミックな気持ちが燃える対象はあると思います。でも、一方で、日本で生まれ育った一社会科学者として日本の問題も扱い続けたい。今回の要望書もその実践のひとつです」
川口さんと大賀さんはツイッター上では知り合いでしたが、会ったことは1回だけです。発起人には名前を連ねていませんが協力者もいます。ネットに公開した要望書には、19日未明時点で自然科学から社会科学までの100人近い研究者が賛同者として名乗りを上げています。
「目的を決め、SNSを通じてチームを作り、政策提言まで持って行く。こんな短期間でできたのは、発見でした」と川口さん。「給料上がるから移籍」ツイートが研究者以外も巻き込んだ議論に発展した経験も含めて、ネットを通じた連携に手応えを深めています。
「これはまだ出発点。分野を超えた研究者が連携し、よりよい社会を目指す形を作っていきたいです」
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