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岡山県民「ウィンカー嫌い」の理由 だったらプチプチで包んじゃえ?
岡山県のある街に引っ越したら、人も家も車もプチプチの気泡緩衝材で包まれていた――。そんな架空の世界を描いた動画が注目を集めています。「日本一ウィンカーを出さない」と言われる県民に向けた、痛烈なメッセージ。電球がもったいない? 出さなくても怒らない? なんでそこまでウィンカーが嫌いなのか、調べてみました。(朝日新聞岡山総局記者・波多野大介)
ウィンカー(方向指示器)の合図を出さないで道を曲がる車にはねられても、車同士がぶつかっても、住民は平気でニコニコしています。そして終盤、動画の意味が告げられます。
「日本一ウィンカーを出さない岡山県では、こんな安全対策が必要かもしれない」
制作したのは自動車販売会社の「岡山トヨペット」(岡山市)です。日本自動車連盟(JAF)の昨年の調査で、右左折や車線変更の時にウィンカーの合図を最も出さない都道府県のトップが、岡山県でした。
交通マナーの啓発に力を入れてきた岡山トヨペットは、この不名誉な日本一を解消しようと、ウィンカーの徹底を呼びかける動画を制作しました。岡山、香川両県では4月にテレビCMでも放映されました。
ケガを防ぐのか、事故を起こさないようにするのか。この「究極の選択」を問うことで、交通安全を考えてもらうのが、この動画の狙い。インパクトは抜群です。
担当した岡山トヨペット営業推進部の川北秀明さん(39)は「ウィンカーを出さない車が多いのは岡山の悲しい現実です。県民にとっては自虐的な動画で怒られるかもしれませんが、ウィンカーを出す意識を少しでも持つきっかけになればと思っています」と、話題先行では終わらせない決意です。
動画は昨年、同社が始めた「交通事故ゼロ・プロジェクト」の一環で、東京の制作会社に依頼しました。「プチプチ」の登録商標で緩衝材の製造販売を手がける「川上産業」(東京)の協力も得ています。
昨夏にJAFの調査結果が発表された直後にも、同社のキャラクターがウィンカーを出すよう呼びかける動画を配信しています。
ウィンカーをウインクに見立てて、試乗車の後部ランプの下に「ウインクしよう」と呼びかけるオリジナルステッカーを貼るなど、地道な啓発活動を続けてきました。
さらに、今回の動画と連動して、実際にプチプチの緩衝材で包んだ車をトラックの荷台に乗せたキャラバン隊が、東京、大阪、名古屋を巡りました。
川北さんは岡山県生まれで、大学で九州に出て戻ってきて、ウィンカーを出していない現状を知ったといいます。「全国で一番ウィンカーを出す県にしたいですね」と願っています。
岡山県民がウィンカーを出さないのは、今に始まったことではありません。JR岡山駅西口すぐ近くの路面には、「★合図」という緑色の大きな表示があることに驚かされます。
岡山県警が2005年の岡山国体で多くの県外客を迎え入れるのに合わせて導入したもので、現在は約30カ所にまで増えたそうです。岡山市内のあちこちでは「合図は早めに!!」と書かれた看板や横断幕も目にします。転勤や観光で岡山にきた人からは、何よりもこの光景が「異様だ」という声が聞かれます。
県警は2015年、運転免許の更新講習を受けた575人にウィンカー(合図)を出さない理由をアンケートで聞いています。
「周囲が出していない」という理由のほか、「電球の消費が嫌」なんてのもあったようです。また、周囲の車のマナーやルールについて72%が「合図をしない・遅い」と答える一方で、自分自身を顧みると76%が「合図を決められた位置で毎回出している」と回答しました。
県警は「出したつもりになっている人が多い」とあきれつつ、「合図を出すのはマナーではなく、ルール。まずは自分のルール違反を認識してほしい」と呼びかけています。
ただ、県警の取り組みは、実を結んでいない状況です。私も2年前に岡山に転勤して以来、急に車線変更をする車にヒヤッとさせられていますし、交通マナーの悪さにあきれる毎日です。
岡山ナンバーの車の多くは、ウィンカーを出しても曲がる直前で、隣の車線に入る寸前です。一時停止や交差点での左折優先のルールも守れていません。
昨年、春の交通安全運動に合わせて、「車の指示器、出しませんか」という見出しで改善を訴える記事を朝日新聞の岡山県版に出しました。翌朝、会社でこんな電話を受けました。
「あんな記事を出されたら困る」
電話口の女性に事情を聞いてみると、数年前、早めにウィンカーの合図を出したら、手前で曲がると思われたのか、右側に止まっていた車が勢いよく発進し、車体の側面に衝突されたというのです。
最後には「岡山では早めの合図は逆に危険です」とまで言い切られてしまいました。
ウィンカーを出さないと、道路交通法53条が定める合図不履行の違反にあたります。この記事を書いた時、平日夕方、JR岡山駅近くの交差点で、左折する車100台を定点観測してみました。
その結果、30メートル手前で合図を出したのは33台。出さなかったのは67台で、多くの車は左折直前に合図を出したが、12台は出さないまま左折していました。
付近では車線変更や道沿いの店舗に入る際に合図をしない車が目立ち、「合図なし」が定着しているようでした。
岡山県は観光や移住に力を入れています。「おもてなし」の旗を振る伊原木隆太知事に以前、ウィンカーを出さない現状をどう思うか尋ねたことがあります。「恥ずかしいこと。県民として反省しなければならない」と嘆いていました。
今年4月、交通マナーの向上を呼びかける岡山の市民団体「イーグルアイ」が、「オカヤマウィンカーサミット」と題した啓発イベントを岡山市内で初めて開きました。
代表の堀田沢一美さん(54)は、35年前に大阪から岡山市に引っ越してきました。自身もバイクを運転していてウィンカーを出さない車の事故に巻き込まれそうになったこともあるそうです。
「岡山県民はウィンカーで合図を出さなくても怒らないし、スピードを緩めたら曲がると思ってくれる」という「穏やかな県民性」が原因だと堀田沢さんは指摘します。
その上で、「ウィンカーを出さないのは危険でありえないこと。35年前よりひどくなっているかも。イベントでは、みんな逮捕すればいいという意見もありましたが、地道に訴えていくしかないですね」と話しています。また、秋に啓発イベントを開くそうです。
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