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めがねさんからの取材リクエスト
ひな人形の片付けが遅いと結婚できないって本当ですか?
ひな人形の片付け「行き遅れる」は本当? 幸せ願うはずが…
ひな人形の片付けが遅いと結婚できないって本当ですか? めがね
ひな祭りが終わったら、すぐにひな人形を片付けないと、嫁に行き遅れる――。よく耳にする言い伝えです。あわてて人形をしまう家庭もあるのではないでしょうか。そこで、専門家に聞いてみました。「ひな祭りを祝ったら、本当に3月3日のうちに片付けないといけないんですか?」。答えは意外なものでした。(朝日新聞名古屋報道センター・高岡佐也子)
名古屋市にある徳川美術館は、尾張徳川家に伝わるひな人形の特別展を毎年開いています。絢爛(けんらん)豪華で、人形も小道具もたくさんある大名家のひな人形。ひな祭りが終わったその日のうちに片付けるのは大変そうですが……。
同館の四辻秀紀学芸部長に聞きました。
「幕末の尾張徳川家では、旧暦の3月4日にお供えをしてから片付けたという記録が残っています」
ひな祭りが終わったらすぐに片付けないと……とは、違う答えが返ってきました。
「複数のファンの方からは『かわいいから、ひな人形を1年中飾る』という話を聞いたことがあります」と四辻部長は言います。
今年の展示の目玉の一つは尾張徳川家11代斉温(なりはる)の継室・俊恭院福君(さちぎみ)の「菊折枝蒔絵(まきえ)雛(ひな)道具」。婚礼調度のミニチュアで、鏡台や将棋盤などのひな飾り約80点が現存します。米粒のように小さな将棋の駒や、化粧道具などを数え始めると点数はもっと増えます。
片付けは10人ほどの学芸員が、美術品の運搬専門業者の手を借りながら1日で済ませるそうです。「私たちは仕事なので黙々と集中して作業を進めますが、大名家といえども片付けは大変だったのでは」と学芸員の加藤祥平さんは推測します。
「迷信ですよ」
苦笑いしながら言い伝えを否定したのは、名古屋市中区にある「大西人形本店」の4代目店主、大西嘉一郎さん(64)です。ひな祭りのお祝いをした翌日にお礼のお供えをして、その後片付けるという作法が店で代々伝わってきたそうです。
「おしゅうとめさんに言われて、若いお嫁さんがお祝いを終えた当日に夜な夜なひとりで片付けた苦労話をよく耳にしました」と大西さんは言います。
あわてて片付けると、布地などに変なシワがついたり、小さな傷や汚れを見逃したりして、人形の劣化を招くことがあります。翌年飾るときに人形の傷みに気付き、「急いで直して」と修理を頼む人も多いといいます。
「ひな人形は、その人の厄を引き受けてくれる『最強のお守り』と言えます。お子さんの幸せを願って盛大にお祝いをした後は、丁寧に片付けて、人形を大事にしてほしいですね」と大西さんは訴えます。
行事文化に詳しい和文化研究家の三浦康子さんに、言い伝えの由来や広まった背景について聞きました。
――どうしてこんな言い伝えが生まれたのでしょう?
行事ごとというのは、人間の見えない気持ちを物や事に託して行うものです。ひな祭りのルーツをたどると、人形に厄を移して、水に流す習わしが、子どものひな人形遊びに結びついて、今の形になっています。
今でもみられる流しびなは、その名残ですね。ひな人形が流すものから飾るものへと変化したので、厄を移した人形を早く片付けて遠ざけるようになりました。そして「厄を払って健やかに成長すれば、良縁にも恵まれる」という娘の幸せを願う心が、いつしか片付けとともに語られるようになったのが、言い伝えの背景です。
――お嫁に行き遅れるというのは、はっとする内容です
どんな言い伝えも、人の幸せを願う気持ちが元になっています。わかりやすく、伝わりやすく変わる過程で、尾ひれがつくことがあります。
――どんな作法が正解ですか
正解はありません。3日の晩に片付ける家もあれば、気にせずに飾っておく家もあります。地域によっては旧暦の3月3日まで飾るところもあります。それぞれの家庭や地域ならではの考えを大事にすればいいのです。
――おしゅうとめさんに言われて、あわてて片付けるというのも、ちょっとかわいそうな気もします
娘を思う親心が根底にあると言っても、気持ちが伝わらなければ意味がありません。いざこざは、理由がわからないから起こるもの。なぜそんな話をするのか、理由を言い添えることも必要です。
――片付けの目安はありますか
正解がないと言っても、ひな祭りは春の行事。春分にあたる春の彼岸までには片付けるといいでしょう。
◇
正解がないと聞いて、なんだかほっとしました。同時に、息子用のかぶと飾りも、あまり何も考えずに飾っていたなあと、はっとしました。子どもの成長や幸せを願いながら、ゆったりした気持ちで片付けもすれば、苦にはならないかもしれないですね。
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