感動
ふるさと納税もいいけれど…故郷への思い「マチオモイ帖」の魅力
全国各地のクリエーターが、故郷への思いを写真や絵、言葉で表現した冊子「マチオモイ帖」を知っていますか? ふるさと納税とはちょっと違うアプローチで地域を見つめ直すきっかけになっています。北海道から沖縄まで、その数1300種類。あちこちで開かれる展示会では、「知らない町なのに懐かしく優しい気持ちになれる」と共感を呼んでいます。有志で始まった企画に、どんな願いが込められているのか。最初の一冊を作ったコピーライターの女性に話を聞きました。
「生まれそうになったら みかんの丘にむかって 黄色い旗をふる」
携帯電話がなかった時代に、20代の農家の夫婦が交わした約束。陣痛が始まれば、「すぐに山から降りるけえ」。我が子の誕生を心待ちにしていた2人の間に、村上美香さん(49)は生まれました。
瀬戸内海に浮かぶ因島(いんのしま)=広島県尾道市=の出身で、いま大阪でイベントポスターやパンフレットの制作を手がけています。
2011年の東日本大震災。海に囲まれて育った村上さんにとって、日常を飲み込む大津波の映像は他人事と思えませんでした。
「いま、私にできることは何だろう」
胸が締め付けられる思いで自問しました。
そんなとき、友人が以前話していた言葉を思い出しました。
「私、おばあちゃんになかなか会いに行かれへんから、近所のおばあちゃんに優しくしてるねん。きっと同じように、誰かが私のおばあちゃんにも優しくしてくれてると思うから」
「そっか…………。被災地で何かすることも大切だけど、いまいるところでしっかり生きるのも大事なんだ」
島の知人から「地元の祭りに合わせて何か作ってほしい」と頼まれていた村上さんは、撮りためていた島の写真と自作の詩を冊子にまとめてみました。実家がある因島重井町にちなみ、「しげい帖」と名付けました。
広島カープの試合をラジオで応援しながら畑仕事をする父、母の手料理の味、祖母の歌声…………。手のひらサイズの32ページに、かけがえのない思い出を詰め込み、言葉を添えました。
「いつもあなたを想っています。いつも心配でいつも願う。」
「ちゃんと食べてますか。ちゃんと笑顔ができていますか。」
ふるさとの島で配ると、「誇りを持てた」「都会で暮らす娘に送った」と反響があり、増刷することに。合計1000冊を配布しました。
そして、話を聞いた写真家やイラストレーターなどの仲間が「自分もやりたい」と次々に言い出し、マチオモイ帖づくりが全国に広がっていきました。
毎年、大阪などで作品展を開催しています。7年目となる今年は、熊本地震で被害が大きかった「ましき帖」(益城町)や「みなみあそ帖」(南阿蘇村)も展示しています。「ましき帖」は震災前に、「みなみあそ帖」は震災後に制作されたものだそうです。4月には熊本、大分両県で企画展も予定しています。
マチオモイ帖はいまや冊子だけではなく、映像やポストカードとしても作られ、さらに広がる可能性を秘めています。
「マチオモイ帖のゴールの一つに、『優しい社会』っていう視点があります。世の中を大きく変えるような貢献ができなくても、身近な人の気持ちを一生懸命に想像し、そっと支える。優しさをもらうと、別の誰かに優しくできる。そんな輪が広がって、生きやすい世の中になればいいなって」
マチオモイ帖を通じて様々な仲間と知り合った村上さん。瀬戸内の地域活性化につながる企画をともに考えたり、母校の中学生とコラボして新たなしげい帖を作ったり。「自分でも驚くほど、私自身の世界が変わった」と語る笑顔が印象的でした。
1/20枚