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IT・科学

今どきの選挙、ネットよりドブ板? トランプ・自民圧勝の次世代対策

埼玉県のパーティーグッズメーカーで展示されているトランプ氏、クリントン氏、安部氏、オバマ氏のマスク=ロイター
埼玉県のパーティーグッズメーカーで展示されているトランプ氏、クリントン氏、安部氏、オバマ氏のマスク=ロイター

目次

 アメリカ大統領選では、ニューヨークタイムズなど大手メディアがトランプ氏を批判する報道に力を入れましたが、まさかの当選という事態に。一方、今年の参院選で圧勝した自民党。SNSなどの活用が注目される中、一番、効果があったのが、現場をまわるという「ドブ板」でした。「ニュースを読まない層」へ巨大与党が仕掛けた策とは? 自民党の副幹事長でネットメディア局次長の牧原秀樹氏と、上智大教授の水島宏明氏、松本一弥・朝日新聞WEBRONZA編集長の3人で議論しました。

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盛り上がらなかったテレビ報道

水島

私はテレビの報道を分析している人間です。ここ3回の国政選挙のテレビ報道で、各党の扱いがどうだったかとか、どういう形のニュースが多かったかなどを分析しているのですが、牧原さんからごらんになって、今回の参議院選報道、テレビ報道というのは、どのように映りましたか。

牧原

あまり盛んじゃなかったというイメージです。何か静かだったというイメージです。

水島

低調だったということですか?

牧原

ええ。だから逆に、政権交代選挙とか郵政選挙とかのように、これが争点だといったことがあまりなかったので、参議院選挙も、報道全体としては、今の豊洲の市場移転よりもはるかに低調だったというのが私の印象です。

水島

前回までは、原発の問題とかTPPの問題とか、いろいろな争点について各社が争点ニュースをやっていたのですが、これもあまりなくなってしまった。政治をやっていらっしゃる側から言うと、こんなテレビ報道で、国民にどうやって選べというのかと、もどかしさを感じられたのではないかなと思ったのですが、どうですか。

牧原

もどかしいというよりは、選挙のあり方の変質をすごく感じるのです。というのは、そもそも事前投票が非常に増えていて、選挙期間中の我々の訴えや活動、あるいは報道も含めて、どのぐらい意味があるのかということについて、現場ではけっこう悩みがあるんですね。例えば安倍さんを応援弁士で呼ぶと、ワーッと人が集まりますが、そういう人に聞くと「もう入れたよ」ということが多いのです。
テレビで安倍首相の記者会見を見つめる男性=2016年6月1日、仙台市青葉区
テレビで安倍首相の記者会見を見つめる男性=2016年6月1日、仙台市青葉区 出典: 朝日新聞

大統領選もネットは…

水島

今回、テレビの討論番組も、選挙期間中は1回しか行われなかったわけです。前回は4回あったのですが、そのあたりも含めて低調だったと思います。

牧原

結局、これは政治全体の仕組みの問題に帰着すると思うのです。例えば自民党と社会党が二大政党と言っていた時代は、誰もが自衛隊とか憲法とかで、イデオロギーの違いを感じていたわけです。ですから中選挙区の時代のほうが、はるかに政策の時代だったと私は思っています。結局、問題は何をやるかであって、政治勢力をどうつくるかではないということを、国民は何となく理解してきたのではないかと思うのです。

牧原

今回のアメリカ大統領選におけるクリントン候補とトランプ候補の闘い方を見ても、そんなにうまくネット戦略をやっているというわけでもないと思うのです。結局、最後に見られるのは、小手先の戦略ではなく、もっと本質的なところではないかと、我々もだんだん思い始めています。

松本

選挙中に大事なのはネットではない、と?

牧原

自分たちの実感を考えると、特に選挙中のネット戦略というのは、本当にそんなに効果があるのだろうか?という疑問が出てきたわけです。それよりも、ネットはむしろ平時からこまめにちゃんと更新しておいて、あとは直接的に仲間をつくることのほうが大事だと思います。
トランプ氏の演説を撮影するビデオカメラ=2016年2月15日、ロイター
トランプ氏の演説を撮影するビデオカメラ=2016年2月15日、ロイター

「直接触れ合う以外の伝達手段がない」

松本

参院選で自民党は具体的にどのような取り組みをしたのですか?

牧原

ネットによる発信をまず第一に考えた一方、直接触れ合う機会をとにかく増やすということにも積極的に取り組みました。選挙のビラも受け取らない、政治のニュースなんて全然見ない、新聞も取らない、テレビも見ない、見てもいわゆる政治ネタのようなものは一切関心がない、こういう人たちが多数であるとすると、直接触れ合う以外の伝達手段がありませんので、初めからそういう前提を置いて、直接触れ合うということにすごく取り組んだということです。いってみれば原点回帰ですね。

松本

『情報参謀』という新書(講談社現代新書)では、自民党のネット戦略が明かされています。過去の選挙で、複数の企業や組織から成るチームを立ち上げ、そこでテレビ報道を24時間365日チェックしたり、インターネット上のブログや掲示板の書き込み、拡散の仕方などの情報を大量にデータとして集めたり、そのデータを数理モデルにあてはめて全国300小選挙区の得票率予測にもチャレンジした――といったことなどが具体的に紹介されています。

牧原

正直、今回の参院選ではそうした取り組みは縮小傾向にあったというのが実態だと思います。もちろん選挙のときにはネット動向等はチェックしていたのですが、以前ほどそこにお金と時間を使うことはありませんでした。
街頭演説の後、支持者らに囲まれ、握手する候補者=2016年6月26日、福岡市博多区
街頭演説の後、支持者らに囲まれ、握手する候補者=2016年6月26日、福岡市博多区 出典: 朝日新聞

ネットの優先順位は低かった?

牧原

自民党が与党になってからは、テレビやネットについて引き続きいろいろなデータはいただいていますが、はたしてそれが選挙の時の票にどれぐらいつながるのか? という疑問がかなり出てきた。そこにかける予算と得られる効果を考えたときに、党の幹部のほうでも非常に疑問視される方がいたりして、今回、そういう戦略の立て方は縮小傾向にあったというのが私の認識です。

松本

その分、直接触れ合うことに力を入れた、と。

牧原

ええ。正攻法で、以前からやってきた車座集会みたいなものに力を入れたということです。どんなに遠い所であっても、あるいは人数が少なくても、現実にその場に足を運んでお話をうかがうとか街頭演説をするとか、そういうところにシンプルに力を入れたわけです。そして実績をしっかりと愚直に訴えました。特に雇用データといった話は、繰り返しビラもまきましたし、街頭でも訴えました。例えば18歳選挙権でいうと、一番効果があったのはたぶんこの雇用の話です。
参院選でSNS用などに候補者を撮影する選挙事務所のスタッフ=2016年6月28日、東京都杉並区、恵原弘太郎撮影
参院選でSNS用などに候補者を撮影する選挙事務所のスタッフ=2016年6月28日、東京都杉並区、恵原弘太郎撮影 出典: 朝日新聞

ネット上の動きは「はかない支持」

松本

今年の参院選では、2008年の米大統領選挙でアメリカのオバマ陣営がやったように、最先端のマーケティング戦略とビッグデータ分析、さらに行動科学に基づくターゲティング、それらを駆使した選挙戦略といったものを今後推し進めようとしているのではないかと予想していました。必ずしもそういう方向ではなかったということですか?

牧原

ネット選挙が導入されて、それがすごく有効だとはみんな思ったし、いろいろな工夫をしましたが……。ただ、ネットというのは、誰か特定の候補を落とすという点では場合によっては「凶器」になり得るかもしれません。

松本

でも選挙結果には結びつきにくい?

牧原

ネガティブ情報のチェックは必要かもしれませんが、ポジティブな意味で、ネット上で盛り上がって実際の選挙の票につながっていくというのは……。「加藤の乱」<注>のときも同じようなことを言われましたが、ネット上の動きは実は「はかない支持」なんだな、ということが、だんだん認識され始めてきているという感じがします。
参院選候補者の応援に訪れ、支持者と握手をする自民党の安倍氏=2016年6月22日
参院選候補者の応援に訪れ、支持者と握手をする自民党の安倍氏=2016年6月22日 出典: 朝日新聞
<注:加藤の乱>森喜朗内閣の打倒に向け、首相候補と目されていた加藤紘一氏が2000年11月、野党提出の森内閣に対する不信任案に同調する構えを見せたが、執行部からの切り崩しにあい失敗したことを指す。「時代の重い扉を一緒に押し開こうではありませんか」と加藤氏がネットで呼びかけると、10万通もの激励メールが殺到し、加藤氏は「理は我にあり」と勝利を確信して行動に出たが、幹事長だった野中広務氏らによって切り崩され、「鎮圧」された。

※※ 「表現の自由」や民主主義のあり方、放送法についての高市総務相の発言に関する問題などを語り合った対談本編はこちら(http://webronza.asahi.com/politics/articles/2016100500005.html

     ◇

牧原秀樹(まきはらひでき) 衆議院議員、自民党副幹事長、ネットメディア局次長、自民党青年局長 1971年生まれ。東京大学法学部、ジョージタウン大学卒業。ニューヨーク州弁護士登録。経済産業省通商政策局通商機構   部を経て衆議院議員選挙に埼玉5区から立候補、初当選。現在、衆議院議員(3期)。自民党国会対策委員  会副委員長、衆議院議院運営委員会理事なども務める。

水島宏明(みずしまひろあき) ジャーナリスト、上智大学文学部新聞学科教授 1957年生まれ。東京大学法学部卒業。札幌テレビ、日本テレビでテレビ報道に携わり、「NNNドキュメント」ディレクター、「ズームイン!」解説キャスター等の後、法政大学社会学部教授を経て16 年4 月から現職。主な番組に「ネットカフェ難民」など。主な著書に『内側から見たテレビ』など。「ヤフーニュース・個人」で報道に関する記事を発信中。

(顔写真の撮影は大嶋千尋)

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