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超危険!おんぶ自転車、衝撃の実験結果 「無いと困る…」悩む保護者
「想像をこえる衝撃だ」。子どもの事故予防に取り組む小児科医や研究者のグループが、赤ちゃんをおんぶした状態で自転車ごと倒れた時に赤ちゃんが頭にどれだけのけがを負うかを調べる実験をしました。結果は、骨折するとされる衝撃の基準値の最大約17倍という“超危険”判定。一方、様々な理由で「おんぶ自転車」に頼らざるを得ない保護者もいます。どう安全を確保すればいいのでしょうか。
ゴッ!ガチャンッ!
東京工業大学内の実験場所で、大小のダミー人形2体が床にぶつかる鈍い音と自転車が倒れる音がほぼ同時に響きました。
大きい人形は大人の女性サイズ。6カ月の赤ちゃんを想定した人形をおんぶひもで背負っています。実験では、人形がまたがった自転車を、止まった状態から少し前に押し出すようにして横に倒しました。
実験をしたのは、NPO法人・Safe Kids Japan(SKJ)の小児科医や研究者ら。今年5月、東京都国分寺市で赤ちゃんをおんぶして自転車に乗っていた女性が横断歩道のないところを渡った時に車と衝突し、頭を強打した赤ちゃんが亡くなった事故をうけて、倒れたときの危険性を科学的に調べました。
街でみかける「おんぶ自転車」の赤ちゃんの多くは0歳児で、ヘルメットをかぶっていません。道路交通法は、保護者は自転車に乗る幼児にヘルメットを着用させるように努めるべきとしています。
しかし、自転車の研究者などでつくる団体「自転車の安全利用促進委員会」によると、一般的にヘルメットの多くは推奨年齢が1歳以上のため、0歳児の場合は頭を守る手段が限られてしまいます。
実験では、赤ちゃん人形の頭や床に仕込んだ計測器を使い、頭の骨が折れてしまう可能性がわかる数値などを計測。おんぶした状態で倒れるパターンを繰り返したところ、6カ月児が骨折するとされる衝撃の基準値を約7~17倍上回る結果となりました。
また、ひもで前に抱っこした状態でも実験。日常でよく目にしますが、足元の視界がふさがってしまい、危険です。東京都の道路交通規則も認めていない乗り方です。別の数値を使ったところ、おんぶ状態とほぼ同じ力が頭に加わることがわかりました。
「骨折レベルとは予想していたが、まさかこんな大きな数値とは思わなかった。死亡する事故が起きるのもわかる」。SKJ理事長で小児科医の山中龍宏さん(69)も驚きを隠せませんでした。
なぜこうした結果になるのでしょうか。山中さんたちは、大人の背中という高い位置から落下するため、ひもから体が放り出されなくても強い力がかかるとみています。ハイスピードカメラの映像には、大人は肩の後に頭をぶつける段階がある一方、体の小さい赤ちゃんはそのまま頭を打つ様子が記録されていました。
山中さんは「ヘルメットを着用できない赤ちゃんは自転車に乗せないほうがいい。この実験映像を見て、安全を改めて考えてほしい」と話します。
一方保護者には、おんぶで乗ることが危ないとわかっていても、自転車に頼ってしまう理由もあります。
「自宅から一番近い保育園ですが、歩いたら30分はかかる」。東京都練馬区の会社員男性(37)はそう話します。
夫婦共働きで、息子が4人。約1カ月前まで、三男(5)を自転車のチャイルドシートに乗せ、1歳になったばかりの四男をおんぶして、自転車に乗っていました。主に朝の登園は男性が、夜のお迎えは妻が担当します。自転車なら10分。
「おんぶする子だけなら早く歩けますが、上の子を連れると興味のおもむくまま歩いて、登園途中にある公園にちょっと寄り道することもしばしば。時間がかかってしまう」
男性は以前、スピードを出した高校生の自転車とぶつかりかけたことが何回かありましたが、幸いケガはなく、「忙しさに追われていると、この先も大丈夫だろうと思ってしまった」といいます。しかし国分寺市の事故で「私たちはたまたま運が良かっただけだと、ハッとさせられました」。
現在は四男も自転車のチャイルドシートに座り、ヘルメットもかぶれるようになりましたが、「それまではおんぶ自転車はやめられなかった」といいます。
「雨の日は早く起きて歩きますが、保育園の先生との会話や、最寄り駅まで小走りすることを考えると、ふだんより45分早く準備する。毎日睡眠時間を削るとなると……。帰りも自転車なら途中買い物する時間も作れるし、早く帰って食事の準備もできる。5分でも家での時間を多くしようとすると、移動時間を削ってしまう」ともらします。
世田谷区の看護師女性(40)は8歳の長男と暮らすシングルマザー。国分寺市の事故を知り、7年前に一度だけ「抱っこ自転車」を経験したことを思い出したといいます。
急きょ友人が自宅を訪ねてくることになり、女性はサンドイッチを作ろうと、慌てて近くのパン店へ自転車で向かいました。車は持っておらず、周りに子どもを預ける人はいませんでした。
「自転車の振動で、1歳の息子の頭が振り子のように揺れて怖かった」と振り返ります。実はパン店までは徒歩10分の距離。普段はベビーカーで歩くエリアでした。女性は「忙しい時ほど安全の思考回路が乏しくなる。友人に約束の時間をずらしてもらえば良かっただけなんです」と話します。
「自転車の安全利用促進委員会」のメンバーで、自転車ジャーナリストの遠藤まさ子さん(38)は、「おんぶ自転車」の悩みは、「通っている保育園や幼稚園が車を使う送迎を禁止していたり、車を持っていなかったりする都市部の保護者に多いのでは」と指摘します。
3人の子どもがいる遠藤さんも以前は世田谷区に住み、おんぶ自転車を経験。自宅と保育園の直線距離は約3キロでしたが、路線バスは遠回りで1時間かかる環境。車の登園は禁止で、坂道が多い住宅街を自転車で20分かけて通いました。
しかし急に飛び出してきた小学生とぶつかりそうになって以来、車を利用して保育園から数百メートル離れたコインパーキングに止め、そこから歩いて登園する日を増やしたといいます。
「出費は負担でしたが、安全には代えられなかった。やはりヘルメットを着用できない間は、おんぶはおすすめできない。着用していても無理な運転はNGだし、住宅街の小さな交差点でも一時停止するなど細心の注意を払ってほしい」と話します。
冒頭の転倒実験に関わった山中さんは「安全運転でも、段差でバランスを崩して転んだり、事故に巻き込まれたりする可能性があり、注意には限界がある。倒れにくい自転車や、倒れても衝撃を和らげる0歳児用のシートなど、ケガの重傷化を防ぐ製品を増やしていくことも必要です」と指摘します。
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