IT・科学
「恋愛ホルモン」配合“運命の赤い糸” アーティストの妄想が現実に
アメリカのMITメディアラボで助教をつとめるアーティスト、スプツニ子!さんが「リアル運命の赤い糸」を発表しました。愛情をつかさどるホルモンが組み込まれた特殊な蚕から生まれたこの糸。身につけるだけで思いを寄せる人を振り向かせることができるのか? 神話と科学のコラボを手がけた現代美術家に狙いを聞きました。
アート作品「好きな相手が恋に落ちる科学の赤い糸」は、現在開かれている瀬戸内国際芸術祭の「豊島八百万ラボ」のインスターレーションとして発表されました。
「運命の赤い糸」のシルクには、本物のホルモンが組み込まれています。蚕の遺伝子組み換えによって、信頼感情を向上させるホルモンであるオキシトシンが、赤い蛍光タンパク質と合体して糸になりました。2015年12月、スプツニ子!さんの依頼を受けて、国立研究開発法人農研機構の瀬筒秀樹教授が開発しました。
「アーティストの妄想を理解してここまで協力してやっていただくというのは珍しいと思うので、本当に感謝しています」と語るスプツニ子!さん。最新の科学とのコラボによって「運命の赤い糸」は誕生しました。
豊島(てしま)でアート作品を作らないかと言われたとき、スプツニ子!さんが着目したのが島に言い伝えられている豊玉姫と山幸彦の神話でした。
「日本の神話なら、一神教の価値観を土台にした西洋哲学と違う視点で議論ができるかもしれない」
そう考えたスプツニ子!さん。科学技術によって現実化するかもしれない世界を通して、現在を見つめるきっかけになるアート「豊島八百万ラボ」を作り上げました。ラボは、3月から開催されている瀬戸内国際芸術祭のアート作品の一つとして公開されています。(11月6日まで)
今回のインスタレーションにあわせて、映像作品も作りました。
「運命の赤い糸をつむぐ蚕 - タマキの恋」では、理系の女性の主人公タマキが、片思いをしている先輩、山田ジョン幸彦のために遺伝子組み換え蚕で「運命の赤い糸」を作り出します。
瀬戸内国際芸術祭の会場の一つの豊島(てしま)には古事記に描かれた豊玉姫と山幸彦の神話が息づいています。豊田玉姫(トヨダタマキ)も山田ジョン幸彦もこの神話から名前をとり、科学と神話が交差する映像作品に仕上げました。
「日本の八百万の神の寛容さは世界でもユニークなもの」とスプツニ子!さんは言います。
「いま世界では、イスラム国のテロの問題が起きたり、米国の大統領候補がイスラム教徒をアメリカに入れるなと発言したり、一神教のひずみがあちこちで生じています。そこに『こういう八百万的な世界の捉え方もあるよね』と一石を投じることができればと思ったんです」
「政治だけではなく、バイオテクノロジーの進歩が生命倫理や宗教と衝突しつつある科学の世界も同じです。作りたかったのは、これからの科学と神話の関係性だったり、未来の八百万の考え方を模索するような場です」
例えば、2010年に長野県茅野市で生まれた「伝説のない大石」。工事中に出てきた大きな丸い岩がしめ縄をかけられ祀られていますが、その理由は「なんだか凄いから」。そんな八百万の概念が息づく日本の風土についてスプツニ子!さんは「神は一つで、建物の中の像や教典にだけ展開される西洋ではあり得ない。それが面白い!」と言います。
スプツニ子!さんは、数学者の日本人の父と、同じく数学者のイギリス人の母の間に生まれ、バイリンガルとして日本で育ちました。
「私はもとからお祭りが大好きで、(新宿の)花園神社や、地元だった早稲田の穴八幡神社の盆踊りとか夏祭りに通った神社っ子でした。それくらい身近だったけど日本の『神様』や神話について特別な勉強はしていなかった。豊島は、産廃問題の過去もあって島の団結も強くて。民泊に滞在しながら、島の歴史や神話を勉強して交流して2年の制作期間はアッという間に過ぎました」と振り返ります。
今や、同性同士の子どもが作れる可能性が予見される実験成果がある時代。科学の発展が神話のような世界を生み出しているような状況とも言えます。
ところで、この「リアル赤い糸」。本当に相手と恋に落ちることができるのでしょうか?
「オキシトシンがシルクに入っているからって、そんな簡単に恋に落ちるわけではないです。効果があるとされているのは例えば鼻の粘膜などからオキシトシンを摂取する方法ですが、糸を鼻につっこむのもロマンチックでないですしね(笑)」
「映像作品では『オキシトシンで叶うくらい恋はそんな簡単な話じゃない』とタマキちゃんが言っている通り、赤い糸は象徴的なものです」
どうやら、恋におちることは保証されないようです。
「大事なのは、こういう糸もアーティストの想像から生み出されるし、まるで夢や神話に出てきそうなものでも科学で作ってしまえるような時代になってるんだよ、ということ」とスプツニ子!さん。
「赤い糸」を実際に開発した瀬筒教授は笑いながら「(恋のためにオキシトシン入りの赤い糸を作る)それくらいやる気があれば恋の成就でも何でもできるということじゃないですか」と話してくれました。
スプツニ子! 現代美術家。1985年東京生まれ、日本とボストンに在住。インペリアル・カレッジ・ロンドン(ロンドン大学)数学科および情報工学科を卒業後、英国王立芸術学院(RCA)デザイン・インタラクションズ専攻修士課程を修了。2013年よりマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ助教に就任。同研究所デザイン・フィクション研究室ディレクター。2014年FORBES JAPAN 「未来を創る日本の女性10人」に選出
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