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伝説の無効票 縦棒1本で最高裁まで 投票用紙の笑えないトラブル
選挙の時、候補者の名前以外に、いろんなことを投票用紙に書き込む人たちがいるようです。でも、うっかりあれこれ書き込むと無効になってしまいますので、お気を付けて。(朝日新聞東京社会部記者・原田朱美)
冒頭の写真は、昨年5月に実施された東京都足立区議会議員選挙で実際に投じられた票の一部です。ほかにも「様」を付けたり、丁寧にふりがなをふったり。書いたのは真面目な人たちなんだろうなあと、思わず想像してしまう票が、たくさんありました。
なぜ本物の票をご紹介できるかと言うと。選挙結果をめぐり、「もう一度票を調べ直すべきだ」という異議申し立てが選挙管理委員会にあった時、有効か無効か微妙な票の実物が、判定結果と共に公開されるからです。
さきほどの写真の票も、選挙後に異議申し立てがあり、公開されたものの一部です。区役所のサイトで公開されています。
全部で264票あります。他人が書いた投票用紙を見る機会はめったにありませんので、ご興味があれば、のぞいてみてください。
実は法律では、投票用紙に候補者の名前以外を書くと無効になると定められています。過去の裁判資料を調べると、名前に「必勝」と書き加えて無効になったという例があるようです。「様」や「さん」も、本来は不要なものですが、「敬称は例外的にOK」とされているので、無効票にはなりません。
ちなみに、どこまでが「敬称」なのでしょう。
選挙の開票作業をする自治体職員向けに出された本を見ると、具体的に例が挙げられていました。
「兄、大兄、雅兄、賢兄、子、嬢、夫人、奥さん、先生、氏、閣下、親分、mr、mrs、miss」
これらは、書いても無効にはならないようです。投票用紙に「mr」って書く人がいるんですかね・・・。
一方で、同じ本によると、「○○へ」「○○さんへ」「○○さんに」は「無効とされる」と書いてあります。「さん」はよくて、「さんへ」はNG。なかなか難しい世界です・・。
なぜ、ここまで厳しく「名前以外を書いてはいけない」と、決められているのでしょうか。その理由を説明できる1票があります。
2012年5月の山口県周南市議選挙の時の1票です。正しい候補者名は「福田秀夫(ふくだ・ひでお)」。しっかり読めますし、一見何の問題もなさそうな有効票に見えます。でも、有効かどうか、裁判までもつれました。 問題になったのは、「お」の左下にある短い棒線です。
たったこれだけ。でも、これが「候補者名以外を書いてはいけない」という規定に引っかかり、無効ではないかと、争われました。
もともと、「余計なことを書いてはいけない」という規定は、不正防止が目的です。たとえば、投票用紙に○や記号を書き込んで「この票を書いたのは私だよ」という目印として使う人がいるのです。
開票所には、各候補者の立会人がいて、より分けられた票を確認していますから、候補者側も「あの人が投票してくれたんだな」と確認できます。そうすると、「票を入れてやったから、金をくれ」といった取引ができるようになります。
こうしたことを防ぐために、「名前以外を書いたら無効」という決まりができました。
ただ、さきほどの周南市議選挙の1票は、選挙のプロたちでも、判断が分かれました。山口県の選挙管理委員会の判断は、有効。裁判では「名前を書いた時に誤って不用意に鉛筆の先端が触れてしまっただけの線で、符号や暗号のたぐいではない」と主張しました。さすがにこれは有効票だろう、と。
しかし、広島高裁は「この線は力を込めて鮮明に書いているので、無意識に書いたものとは認められない。名前を書き損じた跡でもない」。つまり、意図的に書いた暗号かもしれないから、無効という判決でした。
山口県選管は上告しましたが、最高裁はこれを棄却。広島高裁の判決が確定しました。この1センチ足らずの棒線で、そこまでの事態になってしまうんですね。
最後に、伝説(?)の無効票をご紹介します。1995年4月、香川県善通寺市の市議選挙で、「堺敏昭(さかい・としあき)」という候補者が、1票差で落選しました。そして、無効票の中に「ひっこしのさかい」と書かれた票が1枚見つかりました。
なんと堺さんは、たまたま選挙前に引っ越しをしていたそうです。当然、堺さんは「『ひっこしのさかい』は自分に投じられた票だ」と主張しました。でも、みんなが思い浮かべるのは、あの引っ越し業者です。
香川県選挙管理委員会の判断は、「無効」。堺さんの主張は通りませんでした。とにかく、投票用紙には、余計なことは書かない方がよさそうです。
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