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宝くじ、第一号は戦費調達 発売1カ月後に敗戦…速攻で復興資金に
宝くじ第一号が生まれたのは敗戦直前の7月で目的は戦費調達でした。ところが1カ月後に敗戦、2回目は復興資金になりました。宝くじの意外な歴史を振り返ります。
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宝くじ第一号が生まれたのは敗戦直前の7月で目的は戦費調達でした。ところが1カ月後に敗戦、2回目は復興資金になりました。宝くじの意外な歴史を振り返ります。
今年は1等前後賞合わせた当選金が10億円を超えた年末ジャンボ宝くじ。31日にはいよいよ抽選が行われます。実は宝くじの歴史は戦後日本と同じで、今年は誕生70周年にあたります。第一号が生まれたのは敗戦直前の7月。目的は戦費調達でした。ところが1カ月後に敗戦、2回目は復興資金になりました。宝くじの意外な歴史を振り返ります。
宝くじの第一号は「勝札(かちふだ)」という名前で1945年7月16日に売り出されました。銀行員の初任給が80円の時代、1枚10円で1等10万円でした。
本土決戦も叫ばれる時局で、戦費の調達が目的でした。8月11日の朝日新聞には次のような広告が載っています。
「勝札買って戦力増強、当(あた)れば貴方(あなた)の戦意昂揚(こうよう)!」
売り出しの最終日は皮肉にも8月15日でした。
敗戦を迎えると「勝札ならぬ負け札」と皮肉られたそうです。ただし、抽選は約束通り行われ、当せん金も支払われました。これが次のくじにつながります。
名称を「宝くじ」に変え10月29日に売り出されました。前回の目的は戦費調達でしたが、2回目は復興資金に。1枚10円、1等10万円は勝札と同じですが、副賞に木綿布、はずれ券4枚でたばこ10本がもらえました。
副賞が現物支給というのが時代を感じさせますが、当時は物不足のまっただ中。布地やたばこはお金と同じくらいの価値がありました。その後、地方の復興資金調達のために地方くじが登場しました。
宝くじの先祖である「勝札」とはどんな「札」だったのか。実物を見てみると、大きさは、いまの宝くじより二回りほど小さくなっています。勝の字の右に「第壱回(いっかい)」の文字も。実際は敗戦によって1回で終わってしまいましたが、2回、3回…と発行できると考えていたようです。
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