話題
「無許可で踊らせたら罰金」 米国版ダンス営業規制、まるで風営法?
ダンス営業を規制してきた日本の風営法に似た条例が、ニューヨークにもあります。無許可でのダンス営業を禁じる「キャバレー法」に対して、米国内で疑問の声があがっています。
話題
ダンス営業を規制してきた日本の風営法に似た条例が、ニューヨークにもあります。無許可でのダンス営業を禁じる「キャバレー法」に対して、米国内で疑問の声があがっています。
6月にダンス営業を規制する風俗営業法の改正法が成立した日本。海の向こう米国にも、よく似た条例が存在することをご存じでしょうか。ニューヨークの「キャバレー法」は、店が無許可で客を踊らせることを禁じているのです。キャバレー法をめぐっては「表現の自由を定めた憲法に反する」などとして過去に何度か裁判が起こされており、最近も摘発を受けた経営者が市を提訴するなど、疑問の声があがっています。
キャバレー法は1926年に制定されました。時あたかも禁酒法時代。ライブエンターテインメント規制を名目に、モグリ酒場を取り締まる目的があったとされています。改正運動に取り組んできた弁護士で、ニューヨーク大学ロースクールのポール・シェビニー名誉教授によれば、当初の摘発のターゲットはダンスというよりは音楽で、もっぱらハーレム地区のジャズクラブなどが取り締まりに遭っていたそうです。
シェビニー名誉教授は「法律ができた背景には、黒人と白人が交流することを快く思わない人種差別的な感情や、公の場でソーシャルダンスを踊ることに対する、一部ピューリタンらの宗教的な反発もあった」と指摘しています。
大阪市内でジャズクラブを営む寺井珠重さんのブログ(2013年6月27、28日付「J.J.ジョンソン:我がキャバレー・カード闘争」)には、キャバレー法の歴史がわかりやすく概説されています。
寺井さんのブログなどによると、トロンボーン奏者のJ・J・ジョンソンは1946年、ポケットから注射針が見つかったために逮捕され、キャバレー・カードを取り上げられてしまいます。再発行の申請をするも、NY市警は却下。半年間限定の臨時カードが交付されるまでに、実に10年もの歳月を待たなければなりませんでした。これを不服としたジョンソンは1958年、仲間の作曲家やピアニストとともに、NY市警を提訴。キャバレー法は憲法違反だと主張しました。
NY州上級裁判所は翌年、NY市警に対し、ジョンソンらに速やかにキャバレー・カードを発行し、発給要件も緩和するよう命じる判決を言い渡しました。しかし、制度が廃止されるまでには、それからさらに8年の期間がかかったそうです。
キャバレー法は、その後も複数回にわたって改正されています。ニューヨークのタブロイド紙「ビレッジ・ボイス」などによれば、1967年に「クラブで演奏するミュージシャンは性格が良くなければいけない」とする珍妙な条項が削除されました。また、80年代には、「金管楽器やパーカッションを演奏する場合」「3人以上の奏者がステージに上がる場合」に許可が必要だとする規定も撤廃されています。
その一方でダンス営業規制は時代を超えてしぶとく生き延びてきました。しばらくなりを潜めていたキャバレー法ですが、90年代以降、再び脚光を集めることになります。
治安回復に力を注いだルドルフ・ジュリアーニ市長(1994~2001年)が、キャバレー法を活用し、近隣への騒音や暴力沙汰が懸念されるバーやクラブの取り締まりに乗り出したのです。後任のマイケル・ブルームバーグ市長(2002~2013年)の時代に条例を見直す動きもありましたが、結局のところ規制は存続しました。
何十年も前の法律が、犯罪対策のために亡霊のようによみがえり、ダンスカルチャーとの間で摩擦を引き起こす――。戦後、売春などの予防のために制定された日本の風営法を彷彿とさせる展開です。
2007年2月24日付の産経新聞大阪夕刊は、キャバレー法が憲法違反にあたるとして法改正を求めたダンス振興団体が敗訴したことを伝えています。判決理由は「娯楽のためのダンスは連邦や州憲法によって保護される表現の自由の形態に該当しない」というものでした。
この裁判で原告側を弁護したシェビニー名誉教授は「プロのダンスであれば、ストリップでさえ憲法で権利が保障されるのに、プロではなく客が踊る場合には表現の自由の対象にならない。馬鹿げているでしょう」と話します。
ニューヨーク市消費者局によると、ライセンス取得店は減少の一途をたどっており、2005年の234店から、2014年は146店まで落ち込みました。2015年1月時点では、わずかに119店を残すばかりとなっています。
そんななか、弁護士のアンドリュー・マッチモアさんは2014年10月、市を相手取って連邦裁判所に訴訟を起こしました。自身が経営するブルックリンのバーが、2013年にキャバレー法違反で摘発を受けたのです。ロックコンサートを開いたところ、店の前にいた客がうるさいと近隣住民が通報。その際に無許可であることが発覚し、駆けつけた警官に切符を切られたといいます。
ライセンスの有効期限は最長2年。店の規模や期間に応じておおむね150~1000ドル超を支払う必要があり、無許可でダンス営業をすれば罰金が科されます。
マッチモア弁護士は許可をとらなかった理由を、「店のサイズにもよるが、ウチの店の場合だと、許可取得のために2年ごとに800ドルほどの費用が必要になる。すごく高額というわけではないが、ほかにも様々なライセンスに経費をつぎ込んでいることを考えると、安くない出費だ。申請手続きが煩雑で、交付までに7、8カ月かかるのもネックになっている」と説明しています。
「騒音を取り締まる別の法律があるのに、警察はより摘発に便利なキャバレー法を使っている。3人以上が踊っていたら許可がないといけないなんて、本当にアホらしい法律。表現の自由を保障した憲法に違反している」というのが、マッチモア弁護士の主張。「裁判所の判事からは、(ダンス規制をテーマにした)映画の『フットルース』みたいだね、と言われたよ」と苦笑していました。
大阪のクラブ「NOON」の風営法裁判で被告側の証人として出廷した広島大大学院の新井誠教授は「風営法のダンス営業規制は、ダンスをさせる場所で売春交渉が横行するといった事態を防ぐために設けられました。他方、NYのキャバレー法は、禁酒法の名残から生じる道徳的な規制理由、あるいは人種差別的な背景があります」と日米の法律を比較します。
そのうえで両者の共通点について「いずれも、立法の背景にある事実自体がナンセンスなものになっているにもかかわらず、法自体が廃止もされず残されている。また、騒音や治安対策などのために、本来は規制趣旨が異なる旧態依然の法を利用することに関して、疑問が生じている点も似ています」と指摘しています。
「時代錯誤な法律に対して、『こうした規制は、憲法上許されないのではないか』という抵抗心が、長い期間を経た今になって人々のなかに芽生えてきたということではないでしょうか」
1/36枚