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古川のぼるさん死去 「ふくろう博士」では選挙に出られなかった
「ふくろう博士」の愛称で知られた教育評論家の古川のぼるさんが9日、死去しました。家庭教師派遣業の草分けとして、日本家庭教師センター学院を経営。「ふくろう博士」として都知事選に立候補しようとして断念したこともありました。
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「ふくろう博士」の愛称で知られた教育評論家の古川のぼるさんが9日、死去しました。家庭教師派遣業の草分けとして、日本家庭教師センター学院を経営。「ふくろう博士」として都知事選に立候補しようとして断念したこともありました。
「ふくろう博士」の愛称で知られた教育評論家の古川のぼるさんが9日、死去しました。80歳でした。家庭教師派遣業の草分けとして、日本家庭教師センター学院を経営。テレビCMで多くの受験生を集めました。その一方で、「ふくろう博士」として都知事選に立候補しようとして断念したこともありました。
古川さんは1959年、家庭教師派遣業を始めました。家庭教師や塾講師の資格認定を求めるなど、地位向上に努めました。
94年、受験産業が成長する一方で、「勧誘の宣伝文句と違って不合格になった」など、父母との間でトラブルが相次いでいました。
そこで、古川さんが会長を務める「全国学習塾協会」は、自主ルールを作成。「完全」「100パーセント」「絶対」など、受験生に合格を保証するような言葉を使うことを禁じる規約を設けて、受験業者に徹底を働きかけました。
また、自身の愛称である「ふくろう博士」にも強いこだわりを持っていました。
学生時代、「フクロウに似ている」という理由で「ふくろう」というあだなが付いたそうです。その後、フクロウには「知恵や学問の象徴」という意味があることを知り、教育事業を手がける際に「ふくろう博士」と名乗るようになります。
98年と2000年、02年には、さいたま市の古川さんの自宅の庭から、フクロウのブロンズ像が相次いで盗まれました。
古川さんは「ブロンズ像は僕の分身であり、家全体のシンボルマーク」と、強いこだわりを語っていました。
07年にあった都知事選では、「都民の目線で、福祉改革や高齢者支援を進めたい」として、「ふくろう博士」の届け出名で立候補しようとしました。
通称が広く通用していると選挙管理委員会が認めた場合、戸籍名に代わって通称で届け出ることができます。
しかし、都選管は事前相談の時点で、「著作物などには(ふくろう博士の名称の他に)古川氏の本名も入っており、愛称での立候補は認められない」と判断。古川さんは「(ふくろう博士として出馬できないと)出る意味がない」として、立候補を断念しました。