連載
#18 withコロナの時代
暗転から売上16倍 コロナ禍で花開いた高級日本酒、飛躍の理由は
2020年上半期は、日本酒の高級ブランド「SAKE HUNDRED」にとっても激動の日々でした。新型コロナウイルスの感染が拡大した3月は売り上げが落ち、予定していた海外展開も白紙に。一方、4月の緊急事態宣言以降は消費の大きな変化もあり、6月の売り上げが3月の16倍と、過去最高を記録しました。「宣言は大きなきっかけでしたが、取り組んできたことが花開いた」とブランドを率いる生駒龍史さん(34)。8月には「最高峰のグローバルブランド」を目指すリブランディングを実施しました。上半期の飛躍と下半期の挑戦について聞きました。
SAKE HUNDREDは、日本酒に特化したスタートアップ企業のClear(東京)が「SAKE100(サケハンドレッド)」として2018年夏に立ち上げたブランドです。代表の生駒さんは、14年に始めた日本酒専門のウェブメディア「SAKETIMES」を通じて、各地の酒造会社と交流。業界底上げのためには、高価格帯の日本酒が必要だと確信し、コンセプトの段階から酒造会社と組んだ商品開発をしています。
山形県の楯の川酒造とのタッグで生まれた、精米歩合を18%とした看板商品の「百光(びゃっこう)」は、1万6800円(720ml、税込み)で発売を開始。4種類のラインナップには、16万5千円(税込み)で販売されている25年熟成のヴィンテージ日本酒「現外(げんがい)」(500ml)もあります。ブランドの基盤ができるまでは流通にもこだわっており、販売は現在、自社のECサイトだけです。
足元を固めながら事業を進めてきた生駒さんにとって、2020年は「勝負の年」でした。広報やデジタルマーケターを加え、アメリカ進出を見据えて海外セールスの担当も採用。人手が増えるのに合わせてオフィスを1月に移転し、2月には大型の資金調達も実施しました。
「当時は『さぁアクセルを踏んでいくぞ』と意気込んでいましたね」と生駒さん。その矢先に、新型コロナウイルスの国内流行が始まりました。
「経営者として背負っていいリスクと背負ってはいけないリスクがある。医療の専門家でない私が、健康や人命に関わるようなリスクは背負ってはいけない」。そう考えた生駒さんは、オフィス移転をしたばかりでしたが、2月中旬にはスタッフ全員をリモートワークにしました。
3月はサンフランシスコやロサンゼルス、ニューヨークのレストランやホテルとの商談を予定していましたが、訪米も中止に。「『4月末ぐらいに延期ですね』と最初は楽観的でしたが、どんどん深刻化していって。現地の店舗も休業が相次ぎました」
海外展開については、2019年度まで清酒の輸出金額が10年連続で過去最高を更新。東京オリンピック開催を控えた追い風もあった中、「絶対にやりきる、と準備していただけに、非常に残念でした」。
3月末には国内でも、東京を中心に流行が拡大しました。「すぐに良くなるのか、長期的に続くのか。状況が分からない中、みんなが消費を止めましたよね」と振り返る生駒さん。3月の売り上げは、前年の12月と比べて半減に。「1日数本しか売れず、売り上げが5万円の日もありました。仕方ないなとは思いましたが、きつかったですね」
4月に入っても感染が収束する気配はなく、国は緊急事態宣言を発令。一方、SAKE100にはポジティブな変化が出始めました。
「毎日の売り上げを見ていくと、5万円から10万円、20万円、50万円、70万円、100万円と、どんどん増えていったんです」。外出自粛が求められ、多くの飲食店が要請に従って休業をすると、外食ニーズが家庭での内食に転換。SAKE100も、高級外食を楽しむ人たちを中心に注文が相次ぎ、4月の売り上げは3月比で500%を超えました。
5月も勢いは衰えず、百光だけでも1日に100~150本が売れる状況に。ただ、「緊急事態宣言が大きなきっかけでしたが、今までの取り組みが実を結んだと思っています」と生駒さんは話します。
その取り組みも、「『これをやったから』という決定的なものはありません」と言い切ります。品質を徹底的にこだわって品評会で高い評価を得たり、飲食店での提供はラグジュアリーホテルのレストランに限ったり。ブランドを磨き上げるほか、ペアリングディナーの開催やカスタマーサービスの充実といった消費者との交流も欠かさず積み重ねてきました。
「安い買い物ではないので、新規のお客様が即決することはあまりありません。そうした時に、ここまでの口コミやSNS・ネットでの評判が後押しとなりました」
そして、緊急事態宣言も解除になっていた6月。時期を前倒して発売した、百光の新シリーズで「事件」は起きました。価格は同じ1万6800円ながら、受付開始3日間で、購入希望者が約5千人に。早々に製造本数を上回ったため、注文を打ち切る事態となりました。
この売り上げもあって、6月は同年3月比で1600%ほどに。百光以外もほとんどの商品が6、7月は完売となりました。「EC自体が追い風でしたが、ここまで伸びたのは確信を持って進めてきたことが認められた証しでもあると思っています」と生駒さん。驚いたのが、購入者へのアンケート結果でした。
「購入動機で多かったのが、味わいの次に『理念への共感』だったんですよ。このブランドを応援することに価値を持っている人が想像以上に多くて、素直にうれしかったです」
売り上げの急成長は、パートナーとなった酒造会社への「恩返し」にもなりました。春以降、店舗で飲食をする機会が減ったことによって、多くの酒蔵の日本酒が行き場を失うことに。その中で、SAKE100との取引が大きなウェートを占めるパートナーも出てきました。
「『お金が入ってくるのは、本当に助かる』と言ってもらえた酒蔵もありました。在庫リスクを抱えつつも私たちを信じてくれた人たちから、『一緒にやってきて良かった』と思ってもらえたのはうれしいし、これからも期待に応えていきたいです」
ブランドの立ち上げから2年を迎えたSAKE100。8月3日に「SAKE HUNDRED」へのリブランディングを発表しました。
新たなブランドのステートメントは、「そのすべてが満ちていく。」。これまで「100年誇れる1本を。」をテーマにしてきましたが、「作り手としての私たちの覚悟の方が大きかった。それをこの先も欠かすことはありませんが、もっとお客様や社会を向いた『最上の体験によってもたらされる、身体的・精神的・社会的な満足のすべて』がSAKE HUNDREDの届ける価値だと定義しました」と力を込めます。
ステートメントに呼応し、ロゴマークやラベルデザイン、ブランドサイトも最上質や品格を追求したものに変えました。象徴的なのが、看板商品・百光の価格変更です。従来より1万円ほど高い2万7500円(税込み)に。原材料や製法、内容量に変化があった訳ではありません。生駒さんは理由をこう説明します。
「ブランドの価値を問い直したんです。百光を始めとしたSAKE HUNDREDは、『親と久しぶりに飲むため』『お世話になった上司に感謝を伝えるため』といった理由で買っていただくことが多い。大事なシーンにふさわしい1本として、機能的価値を超えた『情緒的価値』を提供していかなければならないと考えました」
品質はもちろん、ルイ・ヴィトンやエルメスのアイテムを手にした時のような高揚感も、SAKE HUNDREDで体験してもらう――。そのためには、「価格にも役割がある」と生駒さんは断言します。
「簡単に手が届くものと、なかなか入手できないものとでは、手に入れた時の感動も変わります。『安いということは、それだけで価値を毀損する』という意見をもらったこともありました。味わいには絶対の自信があるので、適切な価格に見直したという認識です」
その姿勢は、ブランドアドバイザーにエルメス本社で副社長を務めた経験もある齋藤峰明氏を迎え入れたことにも現れています。「私たちはまだ、ラグジュアリーを標榜する者にすぎません。今後のブランドの成長には、世界有数のトップブランドを率いてきた齋藤氏の知見や経験が生きると考えました。齋藤氏も日本に帰国後、日本酒の可能性を感じていたこともあり、今回の就任に至りました」
新たな商品のラインナップには、精米歩合18%で醸造した原酒を、ミズナラの樽で一定期間貯蔵して香りをつけた「思凜(しりん)」(720ml、税込み41,800円)も加わりました。「日本酒の新しい価値軸を作っていきたいという思いがあって、その一つが樽熟成です。冷蔵保管を続ければ、熟成はさらに進みます。肉料理との相性が抜群なので、高級レストランの赤ワインに代わる存在になってほしいです」
「SAKE HUNDREDは今回、最高峰の日本酒を目指すことを表明しました。普段は手頃な日本酒を飲んでいても、いつか飲みたいと思う『あこがれの存在』がこの業界には絶対にあった方がいい。リーズナブルな日本酒を否定しているわけではなく、新しいステージを作りたいんです」
こう語る生駒さんですが、事業を始めた頃は「美味しい日本酒を届ける以上の意識を持てていなかった」と振り返ります。「酒蔵と向き合い、お客様と向き合い、自分たちと向き合い続けて『目線』が上がったんです。富士山を登ろうとスタートしたけど、登るべき山はエベレストなんだと」
新しい挑戦は早速、百光の初回発売(数百本)が2日で完売するなど、期待の大きさが現れています。アメリカ進出もECでの計画を始めるなど、諦めていません。
「新型コロナの流行後、遠出がしづらかったり、大勢で集まりづらかったりと、誰もが息苦しさを感じていると思います。私も一時期、白髪が出て『ストレス抱えていたんだな』と感じました。一方で、『心を満たし、人生を彩る』というブランドの存在意義は、今こそ発揮できる時だと強く思っています」
「最上質の体験が、心の張りやうるおいにつながったり、誰かと一緒に飲むことで会話が弾んだり。究極的にはSAKE HUNDREDを通じて世界をゆるやかにつなぎあわせたい。人々の幸福に貢献するブランドへの挑戦は始まったばかりです」
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