連載
#16 #withyouインタビュー
「SCHOOL OF LOCK!」遠山大輔さん 苦しめたコンプレックス
「起立!礼!叫べー!!」でおなじみ、「SCHOOL OF LOCK!」(TOKYO FM)に「とーやま校長」として出演しているお笑いトリオ・グランジの遠山大輔さんは、10代の頃、「銀縁めがね」に悩んだそうです。「いまだったら笑えるけど、あのときは死活問題だった」というコンプレックス。遠山さんは「対峙するのが早ければ早いほどいい。なぜなら自分の痛みをわかっているから」と語ります。ついつい生まれてしまう「自分で作り上げた壁」の壊し方について聞きました。
――遠山さんの10代、しんどかったことはありますか
激動の思い出はないですよ。
ただ、銀縁めがねのコンプレックスはありましたね。いまはコンタクトなので、めがねはぬぐえているけどあの記憶は一生ぬぐえることはないなと。
小学校3年生のとき、なんで黒板の字が見えないんだろうと気づいたんです。病気になってしまったのかというのが怖くて、先生や親に言えなかった。考えたら遺伝で視力が弱かっただけだったんですけど。
さすがに授業もわからないから、意を決して授業中に先生のところに行って、「先生、字がみえないんだけど」と言った。
僕のターニングポイントはそこっすね。親から買い与えられた銀縁めがね。ファッション性ゼロ、機敏性ゼロ、視力だけは二重丸に回復するという。
そこからですね。僕のとんでもない劣等感にさいなまれた人生の始まりは。
――でもクラスにめがねをかけていた子は他にもいたのでは?
クラスでめがねをかけている子はいたはいたけど、そんなことはどうでもよかった。俺がこんなにださいものをつけていることが嫌で仕方なかった。いまだったら笑えるけど、あのときは死活問題だった。
俺はめがねかけてないですよという風を装いたくてしょうがかなかった。
たとえば、汗でめがねがずれて下がってくるじゃないですか。でも、それを上げることで、それはめがねをかけていることを認めることになるんで、下がったら下がったままですよ、そりゃもう。僕は気持ちとしてはめがねをかけてないですから。
それでも気になるときは、手を使わないようにして、ほおを動かすことで、めがねの位置を上げていた。
小学生のときは、自分で言うのも恥ずかしいけど、勉強も運動もできた。成長が早くて、小学6年生で170センチ。目立つ存在でした。でも、小学校の一応中心にいるようなやつが銀縁のめがねをかけている、と。どうしてもそこに引っかかってしまっていました。
――中学になっても続いた?
中学生になると、好きな子ができるじゃないですか。みんな「付き合うっていうのがあるらしいぞ」「告白っていうのをして、一緒に帰ったりするらしいぞ」と話すようになった。
僕も好きな女の子がいたんですけど、到底、告白なんて考えられなくて。勇気がないのもあったけど、もしもそれでまかり通ってOKがもらえたとしますよね。彼氏彼女という関係になり、どこかに行った時、その女の子の横に銀縁めがねをかけているやつをいさせることができない、自分の好きな女の子の横に銀縁めがねなんて、絶対に申し訳がないと思っていた。
で、俺はこの銀縁めがねをかけている間は絶対にそんなことをしてはいけないと勝手なルールを自分に課していましたね。全部自分で作り上げているだけなんですけどね。
――めがねの時期を乗り切ったポイントってあるんですか
高校3年の秋くらいには親に「勘弁してくれ」と言いました。
それまでにも何回も、めがねをわざと床にたたきつけたりしてたんです。壊れたら次の新しいのになるんだと思って。
でもぼく野球やってたんで、親が野球の衝撃にも耐えうるような形状記憶の8万円のいいやつを買ってくれてたんで壊れませんでしたね。
でも高3の秋に、「俺はもう限界だ」と言ったら、ようやく黒縁めがねを買ってくれた。
ところが、そこから自意識が破裂しました。「僕が黒縁めがねをかけた瞬間に、1学年10クラス中、3~4クラスのみんなが俺を見に来るだろう」と思った。
だから学校行くときは銀縁、週末遊びに行くときは黒縁めがね、という。誰も求めてないのに、自分のキャラクターを守るためにです。
いままでの自分じゃなくなってしまう、あんなに嫌がっていた自分なのに。
高校卒業間際、残り2週間くらいしか学校いかないからいいか、というところでようやく黒縁で登校し、そのときくらいから、めがねに対するコンプレックスが薄れていった感じですね。
――物理的な解決方法ですね
そこの後悔がめっちゃあるんですよ。
コンタクトにするというアイデアも自分の中にはあったんですけど、生まれ変わる勇気が全くなかった。
中学のときにめがねを黒縁にしたり、コンタクトにしてたら、全然人生変わったんだろうなと思って。好きな女の子にもっと積極的に思いを伝えられたんだろうなと思って。そういう後悔はめっちゃあります。
――それだけのコンプレックスをよく乗り切ってくれたなと
人から見たら「たかがめがねじゃん」って話なんですけど。でもみんなのニキビが僕の銀縁だし、みんなの天然パーマが僕の銀縁。
――コンプレックスとどう付き合ったらいいんでしょうか
自分の中のものだから、誰も解決できるわけないし、逃げることできない。
どこかのタイミングで対峙(たいじ)しないといけないときは来る。
それをせずに死んでいく人もいっぱいいると思うけど、対峙するのが早ければ早いほどいいなと思っています。そうしているやつは人間としてかわいいなと思うし、人の痛みもわかる。なぜなら自分の痛みをわかっているから。
で、ちゃんと伝わるじゃないですか。自分で戦って乗り越えてきたやつなんだと。
――自分と向き合い、自分を受け入れるということ
社会に出て、この人ってなんでこんなものの言い方をするんだろう、なんでいきなりつっかかってくるんだろうという人をみると、たいがいコンプレックスが原因だと僕は思っている。
そこの弱みを見せたくないから、先にマウントとってくる感じとか。自分と向き合えていない証拠だなと思う。
それで大成する人もいるかもしれないけど、ぼくは見ていて単純に嫌だなと思う。失うものも多いと思うし、なによりかっこ悪いと思っちゃう。
結局受け入れられていない人だなと。
ただ、コンプレックスと向き合うまでもしんどいし、向き合ってからもしんどいし、動きだしもめっちゃ鈍くなるのもわかります。僕のめがねコンプレックスも、たぶん抜け出すまでに10年くらいかかってるので。
――めがねをかけているときに告白出来なかったという話が印象的でした。そのときおっしゃっていた「ルールを自分で作り上げているだけ」というのが、ポイントでしょうか?
そうっすね。ラジオやっててそういうこと感じるのはめっちゃありますね。
リスナーと話していくうちに、誰かがつくった壁でもなんでもなくて、自分で積み上げた壁をつくってしまっているから、こっちからも向こうがみえないし、向こうからもこっちの表情もみることできないときがある。
――こうしなきゃというのを自分で勝手につくってしまっているかもしれないと
そうっすね。でもしょうがないんですけどね。「しょうがない」って嫌いですけど。
その場所しかないじゃないですか。クラスだったら20人とか30人。そこしかない。
大人になれば、いろんな場所があるし、やりたくない仕事あれば辞めていいし。でもそれを大人が言っても、彼らにとっては「いま」だから。
優しい言葉をかけてくれる大人ってたくさんいると思うんですけど、でも「大人だからそれがわかるんじゃん」ってことじゃないですか。
だから、「時間が解決してくれるよ」っていう言葉だけは言わないようにしている。それも答えではあるんだけど、でも、みんなからしたら「知らねえよそんなの。どんだけ長いと思ってんだよ3年間」ってことじゃないですか。
――いろんなところに自分の立ち位置あると楽かもしれませんね
「ここからはずれたらどうしよう」と、友達グループに固執しちゃう気持ちはめっちゃわかる。「修学旅行近いしここでグループはずされたらめっちゃしんどくなるだろう」とか。
でも、はずれまいとしているときは、自分ではなくなっちゃうじゃないですか。
グループのみんなにどう思われたいとかを優先させちゃうと、どんどん自分じゃなくなっていく。
それをうまくできる人も世の中にはいるし、社会にでてうまくやれる人もいるから、それがだめとは思わないですけど、できない子もいるから。
自分じゃない自分になっちゃって、自分にウソをつくってことになっちゃうと俺は思うから。そこの戦いはめっちゃしんどいっすけどね。
でも自分がなくなるよりは、そこで一人で凜として立ってる方が、…て僕はいまその場にいないからそんなこと言えるのかもしれないですけど…。
でもそこで、「あのグループにこび売らないで一人で立ち始めた」っていうのを見てる誰かが絶対いるんです。
そういうやつらとつながってくれたらすごくいいなと思います。
もしも3年の間に、そことつながることがなかったとしても、そういう風に見ているやつがいるんだよっていうだけで、ちょっと、楽になる気がするんです。
――自分でいられる居場所はどう見つけたらいいですか
僕は好きなものが一番強いと思っている。
僕だったらお笑いと音楽。気づいたらこれやってるな、とか、これ読んでるな、とか、これ食べてるな、とか絶対ある。それだと思うんですよ。
学校に居場所がなかったら別に行かなくていいと思うし、俺は。学校じゃない場所に好きなところがあるならそこにずっといりゃあいいし。って思いますけどね。
僕はお笑い好きで、東京にきて、いまになるので、それのもともとは「好き」だった。
――よりどころになるものでもある
さらに、好きなものの強度を強くしていくことも大事だと思っている。
ラジオをやっていて、「なんでそんなに熱くしゃべれるの」と言われる。欅坂46がめちゃ好きで、曲がかかったら、ばーってしゃべっちゃうんですけど全く自覚なくて。
でもそれを喜んでくれる欅坂46のファンの方とかいらっしゃって。「よく言ってくれた」と。
ファンの方を喜ばせようと思ってやっているわけではなかったけど、好きなものの強度を強くした結果そうなった。
「好きなもの」はなんだっていい。寝るのが好きなら「なんでこんなに寝るのが好きなんだろう」と考えてみて、寝るまでの時間が、起きてからが、とかいろいろあるじゃないですか。それが個性になる。それで自分を分かっていくし、強くなる。
◇ ◇ ◇
とおやま・だいすけ 1979年生まれ。TOKYO FMのラジオ番組「SCHOOL OF LOCK!」(スクール・オブ・ロック!)のパーソナリティー。「とーやま校長」の愛称で中高生リスナーから支持されている。お笑いトリオ「グランジ」の一員。39歳。
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