ネットの話題
「貧困たたき」スマホもSNSも贅沢?〝ぱっと見〟で攻撃する危うさ
NHKのニュース番組がきっかけで起きた「貧困たたき」。放送後、「捏造だ」「本当の貧困ではない」などの批判や中傷がネット上で相次ぎました。貧困研究の第一人者である日本女子大名誉教授の岩田正美さんは「貧困はスナップショットのような生活の一場面ではとらえられないものだ」と言います。
―一連の問題をどう受け止めておられますか
「まず前提として、この女子生徒と家族の暮らしがどうだったのかは、ネットに散らばる断片情報ではわからないし、判断はできません」
「ただ例えば、ひとり親家庭の母親が、生活が苦しくても無理をして子どもに『いいもの』を着せていることがあります。それは子どもは普通にさせたい、仲間はずれになってほしくないという気持ちや、そういう買い物で、日頃の苦しい生活の鬱屈を晴らすといった行動の結果かも知れません。」
「むろん、現代では衣類などは格安ショップなどで割と安く手に入るし、貧困状態になる前に購入していた家財もあるでしょう。外食した日の翌日は1食抜いて埋め合わせていることがあるかも知れません」
「こうした場合、スナップショット的にとらえれば『貧困ではない』ように見えることがあります。しかし継続的に見てみると、生活が安定していないことが分かるかも知れません」
――貧困の実態は「ぱっと見」ではとらえられないということでしょうか
「表面から分からないことが多いでしょう。このところ『〜の貧困』という括りが広がっているので、何かあるとその枠にはめたがる傾向があります。他方で、そうするとその枠に当てはまるかどうかの白黒をつけようとします」
「世間もメディアもある時点で、特定の人の貧困テストをしてしまうのです。もちろん、公的制度の利用においては、公式の判定プロセスがありますから、制度が決めた貧困は、そのプロセスによって明らかになります」
「しかし実際には、貧困線を一本引くとして、その下だけが困窮していて、その上は全く困っていないということではありません。分厚いボーダーラインの不安定層があるのです。線というより帯のようなとらえ方をしたほうがよいかもしれません」
――そうしたグレーゾーンを含めて、「最低限度の暮らし」をどう考えればよいのでしょう
「最低限度の暮らしとは何かという問いかけは実はとても難しい質問です。あってはならない貧困とは何かは、絶対的であると同時に、最終的には社会が決める相対的なものだからです」
「衣食住の欠乏とよくいいますが、水や空気を除けば、衣食住の欠乏という絶対的なものの内容も相対的にしか決められないのです」
――時代や社会によって変動する線引きを考えるときに難しいのは具体的にはどんな点なのでしょう
「所得が低くなると、私たちは何よりも食べることを優先するように考えられています。ただ現代では、特に若い世代にとって携帯などの通信費は、場合によっては食費以上の必須費用といっても良いと思います」
「ツイッターやLINEなどのSNSも友人とのコミュニケーションでは不可欠でしょう。食費でも、時には友人とランチするという内容になるかもしれません。そうしないと人間関係が維持できないからです」
「高齢者だと、香典や孫などへの贈り物等が、食費より優先する場合も少なくありません。葬儀へ参列するにはわずかでもお金を包んでいかないといけない。それをしないと、人間関係は切れてしまう」
――社会的な関係を保つための支出ですね
「こうした支出をどのレベルまで許容するかは、貧困ラインを考えるときの難しい問題です」
「私たちは社会で生きていますから、社会関係を維持しようとすればそうした社会関係費はどうしても必要となります。それらを支出したから貧困ではないということではありません」
「もうひとつ、私たちは高度消費社会を生きています。このなかで貧困世帯であっても、完全につましく、清く生きようというのは並大抵のことではありません」
「借金の誘惑は日常的なものですし、収入以上の買い物が出来てしまう仕組みがあります。家計のバランスを保つのは大変難しく、その破綻から貧困がさらに拡大することも少なくありません」
――今回の問題に限らず、貧困層に対する支援への批判、バッシングがときにわき起こります。貧困支援への理解を広げ、社会の溝を埋めていくために、どんな取り組みが必要でしょうか。
「貧困とは何かという線引きは難しいですが、重要です。貧困はどのぐらいあり、政策によって改善したのかどうかを政府が把握する指標でもあります」
「ただ貧困を解決する手法として、貧困かどうかのテストをしないと利用できない選別的な手法をとるか、そうした選別をしない普遍的な支援方法をとるかは、手法上の選択の問題だということを理解する必要があると思います」
「とくに子どもや若者の支援に関しては、貧困対策というくくり方にこだわらず、できるだけ選別的ではない普遍的な支援を目指すべきだろうと考えています。そうすれば、この子の家は貧困なのか、貧困じゃないのかという線引き論争を避けることができます」
――具体的には?
「その一つが学校給食の無償化です。情報機器の格差は所得格差につながりますから、パソコンなどの情報端末も所得にかかわらず全員の子どもに一人一台貸与するべきだと思います。給付型の奨学金の拡充も重要です」
「すべての子どもに恩恵が及ぶ支援を広げることが、結果として貧困の子どもを救うことにつながります。貧困対策ではない貧困対策です」
「そして普遍的な支援であれば、いま貧困バッシングしている人や家族にも利益があります。自分も使える、あるいは使ったことがあるということになります。自分の家族も使える支援制度の設計が、結果として貧困バッシングを減らすことにつながると思います」
「その費用ですが、累進的な所得税を当てることによって、所得の高い人からは、その利益分の払い戻しをして貰えば良いわけです」
1/214枚