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5人を救った5歳の娘 臓器移植のドナー家族やレシピエントの思い
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5歳の娘の臓器提供を決断した父親が、「自分たち家族にとっては光になった」と自身の経験を発信しています。公開中の河瀬直美監督の映画「たしかにあった幻」も、テーマのひとつは臓器移植です。朝日新聞ポッドキャストで、ドナー家族やレシピエントの思いを紹介しました。(wihtnews編集部・水野梓)
日本では、およそ1万7千人が臓器移植を待って日本臓器移植ネットワーク(JOT)に登録しています。
日本のドナー数は先進国でとても少ないのが現状で、そのうち移植まで到達するのは数%ほどといわれています。
2024年の人口100万人あたりのドナー数は1.13。アメリカのおよそ44分の1、韓国の7分の1にとどまっています(IRODaT調べ)。
5歳の娘の臓器提供を決めたのは岡山県津山市で市議会議員を務める三浦拓(ひらく)さんです。
娘の名前は愛來(あいく)ちゃんで、愛称「くーちゃん」。インフルエンザから重篤な合併症「インフルエンザ脳症」となってしまい、入院して1週間経っても、意識は戻りませんでした。
主治医からは「きわめて脳死に近い状態」「くーちゃんがお父さん、お母さんより先にこの世からいなくなってしまうのは、もう避けられません」と告げられました。
そのとき三浦さんは「ふと『人のためになりたい』と言っていたくーちゃんのことと、臓器移植のことが頭をよぎりました」といいます。
くーちゃんの心臓は10歳未満の女の子に、肝臓は男の子に移植されました。ふたつの腎臓と小腸は10代の男女3人に移植されました。
5人のからだの中で、くーちゃんの命がつながっている――。その事実が、三浦さんたち家族が「前を向く」ことの大きな助けになっているそうです。
移植で命を救われた人は、どんな思いでいるのでしょうか。
宮城県に住む横山由宇人(ゆうと)さんは、県内の大学に通いながら居酒屋でバイトをしている一見〝普通の大学生〟ですが、5歳の時にアメリカで心臓移植を受けました。
移植当時の記憶はなく、「僕の人生は6歳から始まっています」と振り返ります。
居酒屋のバイトでつくった料理が喜ばれたり、友達とおしゃべりしたり、カラオケして朝帰りしたり……そんな大学生ならではの日々を送る横山さん。
「僕はそういう『楽しい』のひとつひとつに出会ったとき、心臓をくれた人に感謝する習慣になっています」と語ってくれました。
公開中の河瀬直美監督の映画「たしかにあった幻」の中には、ドナー・移植者の家族や、医師たち、厚生労働省の担当者など臓器移植に関係する人びとが一堂に会して、議論するシーンがあります。
それぞれが〝本音〟を吐露するシーンは、「台本なし」で撮影されたそうです。
ドナーの父親は「息子が11歳の時に臓器提供しましたが、ドナーになるために亡くなるんじゃなくて、亡くなったときに、たまたま、提供できる亡くなり方だったから提供しただけなんですよ」と語りました。
臓器を摘出した救急医は、「最初に(ドナーの)心臓を摘出したときは、なんともいえないものがありましたけど、ヘリコプターに乗せて次の病院にいって『心臓が動き始めました』って聞いたときは、死が終わりじゃないんだなって正直思いました」「新たな扉が開けたような瞬間を、味わったことがあります」と語っていました。
臓器提供について尋ねた2025年の内閣府の世論調査(速報)では、42.4%が「提供したい」と回答しています。「提供したくない」は23.6%でした。
河瀬さんは、「日本でも、なにかひとつムーブメントが起これば、臓器移植のちょっと難しそうなイメージが変わるんじゃないでしょうか」と話していました。
移植医療では、「提供したい」「提供したくない」「移植を受けたい」「移植を受けたくない」という四つの権利がそれぞれ尊重されます。
でも、その判断をするためにも、臓器移植の現状がもっと知られてほしいと改めて感じます。
「提供したい」という人の思いと、「移植を受けたい」という願いがつながって、救われる命が増えてほしいと願っています。