話題
なぜ新聞記事は「難しい」のか? 漢字が多い、前提を省く…その理由
朝日新聞ポッドキャスト、チーフパーソナリティの神田大介
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朝日新聞ポッドキャスト、チーフパーソナリティの神田大介
お笑いコンビ・アンジャッシュの児嶋一哉さんは、朝日小学生新聞を愛読しているそうです。それでクイズ番組にも強くなったとのことですが、「普通の新聞は難しすぎる」とも。
その普通の新聞を作っている私としては複雑なところです。なぜそうなってしまうんでしょうか。(朝日新聞ポッドキャスト・神田大介)
国語の授業は好きでしたか?
学研教育総合研究所の「小学生白書Web版(2023年10月調査)」によると、国語を「一番嫌いな教科」に挙げた児童は18.4%。
一番好きな教科に挙げた8.1%を大きく上回っています。
「嫌い」も多い(22.8%)が「好き」も多い(17.7%)算数とは対照的です。
他の教科と比べても、算数は体育の次に人気がある(図画工作と同率)という結果が出ています。
私も国語の勉強には手を焼きました。
漢字は「百字練習帳」に何度も書いて覚えましたし、読書感想文はあらすじで埋めました。
中学では定期試験のある問題に「車」と回答したところ、国語教師に「自動車」でなければダメだと言われ、激論になったことを今でも覚えています。
採点は覆りませんでした。
国語のテストはすべて「書き言葉」によるものです。点数の差が付くのは間違える人が多いから。難しいからです。
義務教育の間に覚える漢字(常用漢字)は2136字。英語のアルファベットの約82倍あります。
テストでは「筆者の考えを述べよ」とか「この登場人物は何に驚いているのか」といった問題が出ます。
書き言葉の意味を正確に読み取るのは難しいからです。簡単だったらテストにはなりません。
X(ツイッター)の書き込みやヤフーニュースに付いているコメントを見ても、書かれていることの意味をその通りに理解することがいかに難しいか、日々実感させられます。
他方、「話し言葉」は一般に成績評価の対象にはなりません。
おしゃべりにもうまい下手はありますが、点数は付きません。
スピーチやプレゼンは評価の対象になることもありますが、あらかじめ台本を作ったり構成を練ったりして、どちらかと言えば「書き言葉の読み上げ」に近い存在です。
日本は法治国家です。すべてのことは法に基づいて行われます。国民には法律を読んで理解することが求められ、だから義務教育があります。
殺人など凶悪な事件であっても、犯人に精神の障害があるなどして法律の理解、善悪の判断ができない場合は罪に問われません。
ビジネスの中心も書類です。請求書、領収書、勤務表、企画書などなど。書き言葉とは「仕事の言葉」とも言えそうです。
これに対し、話し言葉は「生活の言葉」です。
たとえば方言がそれに当たります。記事を書くときなどは、話者に多少のなまりがあっても標準語に直して記述するのがふつうです。
書き言葉と話し言葉には、それぞれ別の良さがあります。
そもそも書き言葉は文語、話し言葉は口語という別の存在でした。
これは日本以外でも広くみられる現象で、ラテン語はもともと文語です。
世界でざっと3億人が使っているアラビア語は、今もフスハーとアンミーヤに分かれ、ざっくり言って前者が文語、後者は口語に近い存在です。
書き言葉は記録性に優れているほか、多くの人に同じことを伝えられるという利点があります。
話し言葉だと、たとえば津軽弁と薩摩弁で相互の理解を図るのはなかなかに大変です。
一方で、わかりやすさでは話し言葉に一日の長があります。
文章を読んで理解できないことも口頭で説明されればわかることはよくあり、だからコールセンターという仕事があるわけです。
しかし、長らく人類は書き言葉でしか記録をとどめられませんでした。
口語で文章を書こうとする、言文一致運動が日本で起きたのは明治時代。それから100年少々がたったに過ぎません。
ただでさえ難度の高い書き言葉の中でも、新聞記事は厄介な部類に入るでしょう。
朝日新聞社内では「筋肉質の文章」という言い方をすることがあります。
ニュースはなるべく短い文字数でたくさんの事実を伝えなければいけないので、文章に彩りを増したり味わいを深めたりする表現、たとえば修飾語や比喩などは贅肉扱いされてしまうのです。
教科書や法律の文章に近いと言えます。
新聞記事の長さは行数で測る慣例があります。1面トップ記事の場合は70~80行程度ということが多いようです。
朝日新聞は現行のレイアウトだと1行が原則11字なので、70行だと計770字になります。
400字詰めの原稿用紙に換算すると2枚足らずで、小学校で書く作文や読書感想文程度の文量しか入りません。
なので1字でも短く書こうとするため、漢字も多くなります。
私が書いた記事に「イランの核開発能力を長期間制限する」という表現がありました。
これは「イランが核兵器の開発に使うことのできる施設や機材、原料などを、長い期間にわたって低いレベルにおさえる」と言い換えられます。
前者は17字、後者は50字。漢字が使われている割合は58・8%(漢字10字)と32%(漢字16字)。読みやすいのは後者でしょう。
朝日小学生新聞は、小学生向けにやさしい言葉を使って書かれています。さらに、ふりがなもあります。
アンジャッシュ児島さんのように、大人にとっても、その方が読みやすいということは当然あるわけです。
(ちなみに創刊当時の朝日新聞は、漢字にふりがなをふっていました。毎日、読売といった他紙に比べて後発だったので、わかりやすさを売りにしていたようです。なぜなくってしまったのかはよくわかりません)
新聞記事が短い文字数にこだわるのは、紙面の大きさが決まっているからです。
重要なニュースが突如としてたくさん起きる日というのはあります。
だからといって、紙を大きくすることはできません。ページ数も急には増やせません。
こういうときは、スペースを確保しつつ記事の本数を維持するため、記事1本あたりの文字数は厳しく制限されます。
文章は後ろの方から削られます。
なので記者は、いつ、どこで、誰が、何を、どうしたといった大事な要素を頭から詰め込み、最悪の場合は1文だけでも成立するように工夫します。
ゆえに多くの記事で起承転結のような構成は乏しくなっています。
また、なるべく少ない文字数で書くため、新聞記事には暗黙のルールがあります。きのうまでの新聞に載っていたことは、みんなが知っている前提で書くことです。
私は、これこそが新聞記事を難しくしている元凶なのではないかとにらんでいます。
すべての物事には背景、文脈があります。先ほどの「イランの核開発能力を長期間制限する」という文章を、初めて読む人にもわかるように書き直すと、こんな感じでしょうか。
これで170字です。最初に示した文の10倍になりました。
ただ、すべての記事で背景を説明していたら、毎日読んでいる人にとってはまわりくどいと思われるでしょう。
そして新聞社にとっては、毎日読んでくれる人こそ大事なお客さまです。
読者のみなさんに知識があると信頼しているからこそ、同じことを二重に書くことは避け、なるべく新しい情報を入れる。
そんな、読む側へのリスペクトが前提になった考え方でもあります。
また、コスパ(コストパフォーマンス)やタイパ(タイムパフォーマンス)が尊ばれる世の中において、なるべく手短に事実を伝え、また見出しにざっと目を通すだけでも1日のできごとを総覧できる新聞の文法には、優れている点も多くあります。
新聞朝刊は、日によって違いますが、おおむね20ページから40ページくらいあります。
すべての記事を隅から隅まで読もうと思えば、ゆうに3時間はかかるでしょう。
一方で、各面の見出しをざーっと読むだけでも、いま起きていることの大枠はつかめます。この読み方なら5分もあれば読み通すことができるでしょう。
紙の新聞の強みは、持ち時間にあわせて自在に読み方を調節できるところにあります。
ポッドキャスト1.5倍速や2倍速で聞くことはできますが、1時間の番組はせいぜい30分にしかなりません。
なので私は、紙の新聞に関しては、今の文法をふまえつつ改善を重ねるという方向で良いのではないかと思っています。
他方、インターネットを通じた報道においては、ふだん新聞記事を読まない人のことも考え、別の文法にもチャレンジしていくことも必要でしょう。
ポッドキャストもその一つです。なので私たちはニュースの読み上げをしていません。それだと「書き言葉を読む」ことになってしまうからです。
そうではなく、「話し言葉で伝える」にはどうすればいいのかを考えています。
私たちが努めるべきは、ニュースの文法を広げることです。過去のやり方に固執することではありません。