連載
#168 鈴木旭の芸人WATCH
『M-1』王者はたくろう 決戦でエバースに何が…「自信」の背景は
2位はドンデコルテでした
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#168 鈴木旭の芸人WATCH
2位はドンデコルテでした
今月21日、『M-1グランプリ2025』(ABCテレビ/テレビ朝日系)の決勝戦が開催され、たくろうが21代目王者の座を射止めた。トップ通過したエバースは、なぜ最終決戦で審査員から1票も獲得できなかったのか。上位3組の声を中心に今大会を振り返る。(ライター・鈴木旭)
「いろんな場所でも試したんすよ。本当に地方とか。『僕らのこと知ってる人?』って言って全然手が上がんないような地方とかで試してもウケてたから。大丈夫かなって」
サントリー公式YouTubeチャンネルとTVerにて生配信された「M-1打ち上げ by−196~どかーんと一発打ち上げようよ!~」の中で、エバース・佐々木隆史は2本目のネタについてそう語っている。自信を持って臨んだ最終決戦。しかし、審査員たちは彼らに1票も入れることはなかった――。
平均世帯視聴率は、関東地区が16.2%、関西地区が24.4%(ビデオリサーチ調べ)。昨年と比べて下降したものの、まだまだ注目度の高い大会であることがわかる。
そんな中、改めて司会を務める今田耕司の力量を感じる大会でもあった。番組のオープニングでは、『THE W』の審査をめぐる霜降り明星・粗品との騒動で話題の笑い飯・哲夫をイジり、審査コメントの時間に奔放な振る舞いを見せたヨネダ2000に「初の失格者です!」と言い放って盛り上げるなど、臨機応変な態度で会場を温めていく。その姿は、見る者に安心感と臨場感をもたらしたように思う。
出番順を決める笑神籤(えみくじ)も、大会の熱気をブーストさせた。ヤーレンズが最高のトップバッターを務め、2番手のめぞんも切ない恋心にまつわるネタで会場を沸かせた。次にカナメストーンが『1億人の大質問!?笑ってコラえて!』(日本テレビ系)のロケ企画「ダーツの旅」をブラックにしたネタで笑わせ、前述のエバースが登場しウケにウケる。
続く真空ジェシカも突飛な設定の「ペーパードライバー講習」で盛り上げ、「松浦亜弥の楽曲×100万円を狙うバスケ対決」という奇天烈ネタで臨んだヨネダ2000、挙動不審漫才のたくろう、演説漫才のドンデコルテ、説教漫才の豪快キャプテン、神社の崩壊シーンが印象的な漫才コントのママタルトまで熱が冷めることはなかった。
昨年までと明らかに違うのは、最下位のめぞんも狙い通りネタの後半でしっかりとウケている点だ。もはや、「ウケている」だけでは勝ち上がれないレベルの大会だった。
最終決戦に残ったのは、エバース(1st:870点)、たくろう(1st:861点)、ドンデコルテ(1st:845点)の3組。出番順を決めるところからすでに駆け引きは始まっていた。
トップ通過したエバースは2番手を選択。まずこれが意外だった。最終決戦は1組ずつ採点されるわけではない。3組が2本目のネタを披露した後、各々の審査員がもっとも優勝者に相応しいと思う1組を決定し、より多く名前が挙がったコンビが王者となる。
セオリーとしては、印象が残りやすい3番手が有利だ。だが、エバースはたくろうを警戒し、あえて2番手で臨んだ。佐々木が、相方・町田和樹の直感を信じた。
「(筆者注:佐々木に)『何番?』って言われて、なんか2番かなと思ったんですよ」「なんか(筆者注:たくろうの空気が)充満してるなって気がして。だったら、もう2番目にやって潰したかった」(前述の動画「M-1打ち上げ」町田の発言より)
必然的に2位通過のたくろうが3番手を選び、ドンデコルテが1番手になった。あくまでも結果論だが、これがエバース以外の2組に追い風となった気がしてならない。
ドンデコルテは理想的な勝ち上がり方をしている。ファーストラウンドでは、たくろうに続く8番手で登場。1本目で「‶スマホ断ち〟の効果を流暢に語りつつ、自分はやめようとしない」という、ボケ・渡辺銀次の強烈なキャラクターと演説スタイルを紹介。決してボケ数は多くないが、全ての箇所で観客を笑わせた。
そして、2本目は今大会の準決勝を沸かせた漫才。渡辺が「街の名物おじさん」になるためのプランを説くネタだ。
40歳独身の恐怖に耐え切れず、「全身にLEDを巻いて光る自転車で走ろうと思う」と語り始め、「理屈で考えるタイプ」であることから感覚肌が多い名物おじさん界に「名を馳せます」と意欲満々。しかし、相方の小橋共作から「仕事がなくなるよ」などとたしなめられた途端に声を張り上げ、「こんな段差いつでも降りれるからな」と観客をあおるようなブチ切れおじさんと化して爆笑を生んだ。
YouTubeチャンネル『それいけ益々荘』の動画(2025年12月22日投稿)によると、初めて決勝の舞台に立ち1本目で3位に食い込んだ渡辺は、「トップ、何なら早く出たかった」とイケイケの状態で臨んだという。一方の小橋は、前述の「M-1打ち上げ」の中で、「テレビにマジで出たことがあんまりない」ため、「ライブやってる感じ」でネタを披露できたと語っている。
一方のたくろうは、ファーストラウンドで真空ジェシカが会場を沸かし、ヨネダ2000を挟んだ後の7番手で登場。過去を振り返ると、例年6、7番手が上位に食い込みやすく、ミルクボーイは同じ7番手で優勝している。くじ運も良かったのだ。
彼らは、1本目に準決勝で爆笑をとったネタ「リングアナ」を披露。きむらバンドが「声量に自信がない」ため、「交互にしゃべって、最後にふたりで名前を言うスタイル」でリングアナをやりたいと相方の赤木裕に持ち掛け、翻弄する漫才だ。
例えば、きむらが「WBO世界フライ級王者」と言った後に、赤木が戸惑いながら「WHO……世界保健機関……会長」と続ける。これが飛躍し、「WBAフライ級王者」「ETC……もう減速せず突っ込みまーす」「人呼んで世界に誇る……」「トヨタァ自動車ぁ!」などと妙な連鎖を生んでいく。エバースの1本目のウケ方と得点を見て、「無理やんけ、やってられんわ」と開き直れたのもプラスに働いた。<2025年12月22日、『ナイツ ザ・ラジオショー』(ニッポン放送)出演時の本人の電話コメントより>
2本目は、このシステムを踏襲しつつ、もう少し入り組んだ「アメリカ移住」のネタで臨む。きむらがアメリカ映画の吹き替えのごとくしゃべり、赤木(役名はジョージ)をナンシーのホームパーティーに連れていく。そこで、きむらが「こちらGoogleでAIを開発しているジェームズ」と友人を紹介し、続けて「そしてこちらが」とムチャ振りすると、赤木が「Yahoo!で天気予報見てるジョージだ」などと返して笑わせるものだ。
これが大ハマりし、途中から赤木の‶ボケ待ち状態〟となった。今年11月にできたばかりのネタで、赤木は当初不安がっていた。そんな中、きむらは初めて赤木に「こっちがいいと思う」と意見したという。(前述の「M-1打ち上げ」本人の発言より)
日頃から「(筆者注:赤木は)緊張したほうが面白い」と感じていたことが、この発言につながったのかもしれない。<2025年12月21日放送の『有働Times』(テレビ朝日系)きむらの発言より>
1本目にシンプルなネタ、2本目に少し込み入ったネタを披露して優勝したコンビにミルクボーイがいる。「ツッコミ」「ボケ」というより、ひとりが曖昧な指示を出し、もうひとりがその役をこなす「フリ」「コナシ」を思わせる漫才システムも共通するところだ。たくろうは、図らずもミルクボーイの道筋を歩んでいた。
強いネタを残してイケイケのドンデコルテ、くじ運と必勝パターンに恵まれたたくろう。どちらも初の決勝進出で背負うものもない。出番順も後半ゆえに、観客には2組の余韻が強く残っていただろう。エバースは、そこに挟まれてネタを披露したことになる。
1本目のネタ「ドライブデート」を終えた直後は、完全に「今年はエバースだ」という空気だった。免許も車も持っていない佐々木が、女の子とドライブデートを計画してしまったことから町田に「車やってほしい」と依頼。その後、町田が四つん這いでルンバ4台に乗り、うまい棒の食べかすで走るデートをめぐって掛け合う漫才だ。
審査員のナイツ・塙宣之が今大会最高点となる99点をつけ、「画がどんどん浮かんできておかしくなって」と称賛。ネタ数も豊富なエバースは、ウィニングラン状態で最終決戦を迎えるはずだった。ところが、1番手のドンデコルテが会心のパフォーマンスで場内を揺らす。
この影響か、「優勝まであとひとつ」というプレッシャーなのか、エバースは登場シーンから若干固くなっているように見えた。
2本目のネタ「腹話術」は、佐々木の甥っ子が同級生に「僕のおじさんはプロの腹話術師だ」と言ってしまったのをきっかけに、町田が人形役を演じることになる漫才だ。町田が目を寄らせて顔芸を見せる中、佐々木が「みんなの防犯ブザーの電池、抜いちゃおっかなー」などとセリフを被せていく。もちろんウケていたが、1本目の印象を超えることはなかった。
『M-1グランプリ2025 国宝級漫才師たちの大反省会』(TELASA)の中で、佐々木が「2本目、ネタやってるけっこう途中ぐらいから、幻覚だと思うんですけど、さや香さんとオズワルドさんがこう見えてきて」と語っていることからも、トップ通過して勝ち切れなかったM-1戦士の切なさをリアルタイムで感じ取っていたようだ。
最終的に審査員9名は、たくろうに8票、ドンデコルテに1票を投じた。エバースに票は入らなかった。
奇しくも、『M-1』決勝と同日に放送された『太田光のテレビの向こうで』(BSフジ)では、爆笑問題・太田光と俳優の柄本明が‶登場シーンの難しさ〟について語り合っていた。漫才師として違和感なくセンターマイクの前に立つまでが「一番難しい」からこそ、あるときから「助けてくれー!」と客席に飛び込むようになったのではないかと自身の言動を分析する太田。柄本は、その太田の振る舞いに「『恥ずかしい』っていうことと戦う自分」を感じると言い、「そこを見ていくと、もう全て涙なくしては見られませんよね」と笑う。
漫才でも演劇でも、登場シーンこそノイズは生まれやすい。変に取り繕っていないか、余計なことを考えて固くなっていないか。常に「観られる、ということ」と戦いながら、演者は「邪魔じゃない」境地を目指してベストを尽くす。
エバースの2本目をめぐっては、「1本目でハードルが上がった」「言葉で画を見せてほしかった」などネタに対する指摘があるが、筆者には何より登場シーンの微妙なノイズが尾を引いたように見えた。令和ロマン連覇後の第21回大会は、それぐらいどの組も抜群に面白かったのだ。
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