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2008年の「M-1」決勝を思い出した…〝一番うまい〟が勝てない理由
オードリーと錦鯉の「決定的違い」
日本一の漫才師を決める『M-1グランプリ』(テレビ朝日系)が12月19日に放送され、錦鯉が第17代目の王者となった。今年は個性豊かな芸人コンビが揃い、注目度の高い大会でもあった。その中で上位3組に残った錦鯉、オズワルド、インディアンスの魅力とは何だったのか。ボケ量産型が全盛期だった2008年との比較も含め、今大会を振り返る。(ライター・鈴木旭)
熾烈な戦いの中で、見事頂点に立ったのが錦鯉だ。長谷川雅紀が50歳、渡辺隆が43歳という最高齢コンビの優勝は実に感動的だった。
昨年の大会で4位という結果を残し、バラエティー番組で人気者となった。それまでの貧乏生活から抜け出し、充実した日々を送っていたはずだ。売れっ子になり、ライブの出演数も減った。それでも彼らはM-1優勝に向けてネタを磨いた。
GYAO!で配信された『M-1グランプリ2021 世界最速大反省会 漫才ショータイム!全ネタゴン攻め分析SP』の中で渡辺が「忘れてた。そうだ、賞金もらえんだ」と口にしていたことからも、賞金目当てのエントリーではなく純粋に日本一の漫才コンビを目指したのだろう。
決勝当日は、1本目に合コンの予行演習を見せるネタ、2本目に街中に現れた猿を捕獲しようと躍起になるネタを披露した。いずれも長谷川のキャラクターを前面に押し出したもので、安定したテンポを保ちながら確実に笑いを生み出していく。大会の特性もあり、「設定の妙」や「スピード感」を意識した漫才が目立つ中で、これほどわかりやすくどっしりと構えたスタイルも珍しい。
しかし、2人はしっかりと笑いを積み上げていき、後半で会場を沸かす最高の展開を見せた。テンポアップするのではなく、ボケの暴走加減とツッコミの熱量によって笑いが大きくなっていくのがテレビを通してでもよくわかった。技術やシステムは人(にん)の魅力に勝てない、そんな言葉が脳裏を過ぎった。
優勝後の記者会見で渡辺は「僕らをライブとかでも呼んでくれたりとか、同じように扱ってくれたりとか。本当に今の若手には頭が上がらないです」と語っている。若手からも先輩からも好かれる中年コンビは、M-1 という晴れ舞台で勝利の女神さえも引き寄せた。
今大会で3度目の正直となるオズワルド。惜しくも準優勝に終わったが、1本目は文句のつけようがないネタだった。
友だちが1人もいないという畠中悠が、相方である伊藤俊介の友だちを分けてほしいと言い出す。「お気に入りのズボンと交換」「双子のどちらか」といった狂気じみた案を持ち掛け、しまいには小林という友だちがいることを確認したあげく、手首の脈拍を測って「どこで知り合った友だちか」まで特定してしまう。ミステリアスな雰囲気をまとう畠中のキャラクターが存分に生かされたネタだ。
また、ネタの中盤で畠中から「キミだけは友だちになれない」と言われた伊藤が、「こっから先は俺のことデッカい中指が立ってると思え」と暗に怒りをほのめかして笑わせつつ、ラストで「キミは(友だちじゃなく)親友だから」「俺のことはデッカい人差し指だと思って」と言われて「ビッグピースじゃん!」とさりげなく回収するあたりもさすがだ。
これに加え、2人ともセンターマイクからほとんど動かない。これぞ話芸というスタイルである。漫才コントが主流になった昨今、設定に入らないしゃべくりで勝負するのは至難の業だ。そんな状況下で、オズワルドは声のトーン、リズム、語感、言葉の妙が見事に組み合わさった美しい漫才を見せてくれた。
彼らを見ていると、まだまだ東京のしゃべくりにも可能性があるのだと感じる。結果としては残念だったが、今後も東京漫才のさらなる進化を見せてほしいものだ。
オズワルドと同じ3年連続(2020年は敗者復活枠から)で決勝進出。そして、最終決戦でも準優勝で並んだのがインディアンスである。
1本目は呪われた人形の家に潜入するネタ、2本目はツッコミ・きむの「もっと売れたい」という理想をモチーフとしたネタだった。とはいえ、インディアンスの特徴は脱線し続ける漫才コントである。話の本筋ではなく、横道で小ボケを量産するのが彼らのスタイルだ。
田渕章裕は、随所でスピーディーかつ軽快に2個3個とボケていく。この連鎖によって安定した笑いは起きるのだが、腹をえぐるような深く刺さる種類の笑いは生み出しにくい。出順による影響を抜いて考えると、昨年まで最終決戦に進めなかったのはこの点が大きいように思う。
ところが今年は違っていた。脱線するボケの精度が高く、設定と田渕のキャラクターとの相性も抜群だった。たとえば1本目の心霊ネタで、恐ろしいメッセージが届いた携帯を捨てる場面がある。ここで「今、楽天安いらしいぞ」と笑わせたうえ、次の恐怖シーンで「楽天モバイル~」「日本のスマホ代は高過ぎる!」と例のCMフレーズで畳み掛けた。
その後、呪いの人形の「お前たちは誰だ」という声に「どーもぉ~、インディアンスでーす!」というコンビ紹介をボケにして笑わせたのも印象深い。単に荒唐無稽なボケではなく、田渕のポジティブなキャラクターが設定と絶妙にマッチしていたため深く刺さったのだろう。
掛け合いにおいては、審査員のナイツ・塙宣之が「(大会にエントリーした)6000組の中で一番うまいんじゃないですかね、漫才だけでみたら」と絶賛していた。オズワルドとともに、来年も決勝の舞台で見たいと感じさせる漫才だったのは間違いない。
今年は、地下ライブを主軸に活動するコンビをはじめ、様々なスタイルの漫才が集結した。
センス溢れるシュールなボケを繰り出す真空ジェシカ、天然キャラと小気味よいツッコミが光るモグライダー、支離滅裂な世界観で圧倒したランジャタイ、容姿イジりを交互に行う怒涛のしゃべくり漫才を見せたもも、巧みな掛け合いを見せた唯一の男女コンビ・ゆにばーす、ゆるい空気感ながら独自の世界観で笑わせたロングコートダディ、ラストイヤーで敗者復活枠から勝ち上がったハライチも会場を沸かせた。
こうした面々の中から勝ち上がった上位3組を見て、ふと2008年のM-1決勝を思い出した。その年、最終決戦に残ったのはNON STYLE、オードリー、ナイツ。もちろんスタイルは違うが、インディアンス(テンポのいいボケ=NON STYLE)、錦鯉(愛される天然キャラ(≒キャラ漫才)=オードリー)、オズワルド(東京漫才(≒浅草の星)=ナイツ)というイメージが湧き上がった。あくまでもコントラストが似ているという話だ。
2008年はNON STYLEが優勝したが、個人的にはオードリーに衝撃を受けた。それまで「4分間でいかに笑いをとるか」という難題に、「より多くボケる」という手法が有効だと考えられていた。だからこそ、M-1以降の漫才はシステム化し、テンポアップしていった経緯がある。
しかし、オードリーはこれを逆手に取った。ピンクのベストに七三分けの春日俊彰がゆっくりと歩いて登場し、観覧客に向かって「へッ」と不敵な笑みを浮かべる。要するに、「センターマイクに立つ前から、視覚的に面白さを伝える」という戦略で勝負に出たのだ。たしかに「話す」よりも「見る」ほうが伝達は早い。発明とも言えるこの漫才で、彼らは準優勝を果たした。
そして今大会では、長谷川のキャラクターを強調した錦鯉が王者となった。オードリーと根本的に違うのは、“天然もの”という点だ。やはり漫才は、人(にん)こそが説得力を増すのかもしれない。
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