今月24日に開催され、白熱した戦いを見せた『M-1グランプリ2023』(ABCテレビ/テレビ朝日系)。今年は、“大学お笑い”出身者である令和ロマンと大阪で活動するさや香が大会をけん引した印象が強い。敗者復活戦の選考方法や審査員の変更と併せて、上位3組を中心に今大会を振り返る。(ライター・鈴木旭)
令和ロマンが19代目王者となって幕を閉じた『M-1グランプリ』。今年は過去最多の8540組がエントリーしたことに加え、大きく2つの変更があったことでも話題となった。
1つは、敗者復活戦のシステムが変わったことだ。2015年~2022年までは視聴者がスマホから投票できる「視聴者投票」により、もっとも得票数が多かった1組が決勝に進出していた。この審査方法は知名度の高さが結果に影響しやすく、一部から“人気票”と揶揄されていた。
そんな懸念を払拭するように、今年は敗者復活戦に臨む21組がA~Cの3つのブロックに分かれ、対戦ごとに暫定1位を決定する勝ち残り方式を採用。ランダムに選ばれた会場の観客500人の投票によって各ブロックの勝者3組が選出され、さらに芸人5名の投票によって最多得票数を獲得したシシガシラが決勝進出を決めた。
もう1つは、決勝の審査員が交代したことだ。2018年から5年間審査を担当した落語家・立川志らくが勇退。その席を引き継いだのは、上方のお笑いの聖地「なんばグランド花月」の看板を務める姉妹漫才師・海原やすよ ともこ、のともこだ。
オープニングで「人を審査するような性格じゃない」と緊張した面持ちを見せつつ、低い点をつけたコンビには「『もっと』と思っちゃって爆発しなかったかな」とコメントし、逆に高得点をつけたコンビには「好みの漫才です」と伝えるなど、審査員然としない目線で語られる率直な言葉には親近感と同時に信頼感があった。
審査員7名のうち、中川家・礼二、博多大吉、ナイツ・塙宣之、サンドウィッチマン・富澤たけし、海原ともこの5名が今も劇場に立つ現役漫才師だ。敗者復活戦、決勝の審査員ともに“より公平な審査に向き合った大会”へとアップデートした印象が強い。
そんな中、最終決戦に勝ち上がったのは令和ロマン、ヤーレンズ、さや香。この上位3組を中心に今大会を振り返ってみたい。
1位で最終決戦に進出したものの、惜しくも3位となったさや香。ただ、1本目と2本目でボケ・ツッコミをスイッチする芸当は圧巻で、結果よりも記憶に残るパフォーマンスだった。
1stラウンドでは、3番手で登場。トップバッターの令和ロマンが最高の滑り出しを見せ、2番目のシシガシラのウケ具合が想像より弱かった場面だ。
あまり良い流れとは言い難いところで、彼らが披露したネタは「ブラジル人留学生のホームステイを受け入れる前に引っ越す」というものだった。序盤で石井が「国際交流が大事」と言いながら、いざ1週間後となって緊張し始め「黙って引っ越そうと思ってる」という。
相方の新山は考えを改めるよう石井を説得。しかし、石井から「お前、昔コンビニのバイト受かって初日に飛んだことあるやんけ」「それと一緒やねん」と反論され、これに新山は「立場が逆やねん」「お前はコンビニ側なんよ」と応戦する。
言い争いが白熱する中、エンゾが53歳だと知った途端に尻込みする新山。最後は石井と同じ穴のむじなとなり、「ほな飛ぼう」「俺らが難波のライト兄弟や!」と言い放って笑わせた。
昨年準優勝し、ただでさえ期待値が高い2人。どの組よりもプレッシャーは大きかったはずだ。さらには、テレビ越しにも重く感じられた空気を怒涛の掛け合いで一変させ、今大会の最高得点となる659点を叩き出した。
2本目は、石井がツッコミ、新山がボケにスイッチ。新山が客席に向かって独自に考えた演算「見せ算」を解説する独壇場のパフォーマンスを見せ、これに石井が呆気にとられつつも冷静にツッコミを入れていくネタだった。
大会終了直後、NTTドコモが提供する動画配信サービス「Lemino®」で配信された『M-1グランプリ 2023イブより熱い大反省会!』によると、新山は「あれ(筆者注:2本目のネタ)をやるために1本目を通過できるネタ作ろうみたいな感じでやった」と語っている。
やはり、さや香にとってM-1は日本一注目度の高いライブであり、“自分たちのやりたい漫才をやり切る”ことが本意だったのだろう。
そして、本来の実力をもっとも世間にアピールできたのが、準優勝したヤーレンズの楢原真樹(ならはら まさき)と出井隼之介ではないだろうか。
1本目は、「新しいアパートに引っ越して間もない出井が、中年女性の大家さん(楢原)に翻弄される」というもの。序盤からおばちゃん口調で小ボケを立て続けに差し込む楢原。中盤で「競艇ってあなた……公営ギャンブルじゃない」「Netflixってあなた……サブスクじゃない」と言葉をためた割に何の変哲もないことを言うパターンもおかしい。
続く2本目も、「出井がハズレのラーメン屋を訪問する」という漫才コント。入店して間もなく「気のせいか」とあしらうクセの強い店主(楢原)が、着席を促した後に「椅子持ってきますね」と動き、注文を受けて「はい、喜びそう」と口にするなど小ボケを連発していく。また、“もともと駐車場だった”という設定を生かした展開も秀逸だった。
飄々としたキャラクターに扮する楢原と、タイミングよく軽快にツッコむ出井。仕草、ワード、リアクションなど、あらゆるポイントに仕掛けがあり、見る者はどこかで思わず笑ってしまう。そんな漫才だった。
彼らが上京して間もない2015年、筆者は東京都中野区・なかの芸能小劇場で2人の漫才を見たことがある。当時からテンポの良い掛け合いを見せていたが、コンビでシュッとした容姿だったこともあり、女性人気が先行していた印象が強い。その流れでネクストブレーク芸人と持ち上げられ、逆にカセになっていたことが想像される。
しかし、彼らは着実にライブシーンで自分たちの個性を模索していった。少し時間は掛かっただろうが、その歩みが最高の形で報われたのではないだろうか。事務所の先輩には、2008年に同じくM-1で準優勝したオードリーがいる。彼らの背中を追うように、ヤーレンズもきっと活躍する姿を見せてくれることだろう。
並み居る強敵を抑え、見事王者となったのが令和ロマンの髙比良くるまと松井ケムリだ。「大会のトップバッターは不利」という定説を覆し、第1回大会の中川家以来の快挙を成し遂げた。
1本目に披露したネタは、少女漫画でよくある「男子転校生と女子生徒が住宅街の角でぶつかるのはおかしい」との疑問を呈すもの。それぞれ向かう方向が違うのなら、学校はどこにあるのか。
ケムリが「片方が曲がろうとするタイミングでぶつかった」と案を出せば、くるまが素早く直角に曲がる動きを見せて「くわえてるパンのジャム、ビィヤ~」などと身振り手振りで不自然さを表現し笑わせる。
その後も「女の子が日体大って可能性ない?」と“集団行動”のパフォーマンスを真似るなど、動きとフレーズの連鎖が痛快な漫才だった。
続く2本目は、くるまが“小さな町工場が奇跡を起こす物語”を1人で演じるネタだ。「昔は恐竜がいた」と思いを馳せ煙草を吹かす職人、「クッキーに未来はない!」とクッキー工場から自動車工場への転換を宣言する社長、なぜか潜入していたトヨタの社員、突然登場する吉本興業の社員など、あらゆるキャラクターになり切って笑わせた。
良い意味でケムリは率直なリアクションを示し、くるまの特異なキャラクターを浮き上がらせる。ボケの数というよりは、ツカミの段階から観客を引きつけ、「もっと見たい」と思わせる点で突出していたように思う。
前述の『M-1グランプリ 2023イブより熱い大反省会!』の中で、くるまが「(筆者注:トップバッターは)データ的にも勝ち残んないし、マジででもウケようと思って。超神大会にしてやろうと思って。もうツカミとかめっちゃ入れて、ネタ何個か考えてたんですけど『しゃべくりにしてお客さんに話しかけてウケたら、全員ウケるぞこの後』と思って」と語っていたのが印象的だ。
「優勝を狙う」のはもちろんだろうが、それに加えて「大会を盛り上げたい」という主催者のような目線で臨んだチャンピオンがいよいよ現れた。
これは、幼少期にM-1を見て育った世代であり、学生時代から『大学生M-1グランプリ』といったお笑いの大会に出場し、結果を残して来た経験が大きいのではないか。今後、彼らのような王者がさらに増えていくに違いない。
そのほか、陰と陽のキャラクターにフィットした「夫婦の倦怠期」ネタで笑わせたマユリカ、映画館ならぬ「Z画館」の世界を表現した真空ジェシカ、校長と音楽教師のスキャンダルを学園の七不思議調に仕立てたカベポスター。
一昨年の大会から返り咲き歌ネタをアップデートしたモグライダー、同じ歌ネタではあるもののカラオケ楽曲が歌を食ってしまう漫才を披露したダンビラムーチョ、 “ハゲ”をテーマにしつつも独特なかわいげが魅力的だったシシガシラ、似つかわしくないジャンルに異常に詳しいキャラクターで笑わせたくらげもしっかりと存在感を示した。
決勝前、筆者の中で今年は“大学お笑い”出身者が優勝する予感があった。というのも、ここ5年は“今年、その1組である必然性”を感じるコンビが王者になっているからだ。
2018年は「史上最年少」の霜降り明星、2019年は「リターン漫才」のミルクボーイ、2020年は「漫才か漫才じゃないか論争」を巻き起こしたマヂカルラブリー、2021年は「史上最年長」の錦鯉、2022年は「毒舌漫才」のウエストランド。どれも時代性を反映したM-1ならではの王者だと思えてならない。
そんな中、今年は早稲田大学のお笑いサークル「お笑い工房LUDO」に所属するナユタが準々決勝に進出し、ベストアマチュア賞を受賞。大学お笑い出身者の層が厚くなる中で象徴的な存在として脳裏をよぎったのが、真空ジェシカと令和ロマンの2組だった。
もう1つ、大阪を拠点に活動する2組(さや香、カベポスター)のいずれかが「ミルクボーイ以来の優勝を果たす」という結末も想像していた。結果的に、どちらの線もあり得る大会だったように思う。とはいえ、ヤーレンズが王者になる可能性も十分あったわけで、改めて生の大会の面白さを実感した年でもあった。