IT・科学
のどが渇くと水がおいしい!食べ物の「価値」を決める仕組みが解明
IT・科学
汗をたくさんかいてのどが乾いている時は、やっと飲めた水がすごくおいしく感じて、ごくごく飲んでしまう――。そんな経験をしたことはありませんか?実は動物の脳は、体の声を聞いて、口にしたものの「おいしい」を決めているということが、マウスの実験でわかったそうです。いったいどんな仕組みなのでしょうか。研究グループに聞いてみました。
汗をかいてのどが渇いたとき、水を飲みたくなります。また、塩気のあるものが食べたくなることもあります。
一方で、たくさん水を飲んだあとは、それ以上水を飲みたいとは思わなくなります。
このように、ヒトを含む動物が感じている食べ物や飲み物の価値「=おいしさ」は、体内状態に応じて変化しています。
これは、体の中の水分や塩分のバランスが崩れたときにそれを元に戻そうとする働きによるものです。
そのためには、脳内で食べ物や飲み物の価値を正しく評価することが必要です。しかしその仕組みはよくわかっていませんでした。
大阪大学蛋白質研究所の小澤貴明助教たちの研究グループは、マウスを使った実験で、脳内のドーパミン神経が体内の水分と塩分バランスに応じて、口にしたものの価値を評価していることを明らかにしました。
この研究成果は、9月に米国科学誌「npj Science of Food」(オンライン)に掲載されました。
小澤さんに研究について聞きました。グループはまず、動物が感じている液体のおいしさを判断する方法を考えました。
まず、マウスに決まった量(10マイクロリットル)の水あるいは塩水を与えます。
マウスがおいしいと感じているときは、それ以上の水は得られないのに、チューブをなめ続けます。
逆にまずいと感じている時は、マウスは水(塩水)をなめたあと、すぐになめるのをやめてしまいます。
この方法で水と塩水のおいしさをマウスがどう評価しているのか調べたところ、体内の水分が不足している際、マウスは「水はおいしく、塩水はまずい」と感じる行動を示しました。
一方、体内の塩分が不足している際には、マウスは「塩水はおいしく、水はまずい」と感じる行動を示しました。
また、カルシウムやドーパミンに結合すると明るくなる蛍光センサーでドーパミンの放出量を計測する技術を使って、この時の脳内のドーパミンを計測しました。
水分が不足している状態で水を飲んだときはドーパミンが増えましたが、塩水を飲むとドーパミンが減りました。逆に、塩分が足りていないときに塩水を飲むとドーパミンが増え、水を飲むとドーパミンが減りました。
マウスの口・舌・のどで起こる細胞の反応は、基本的にのどが渇いている時もそうでない時も同じです。
しかし小澤さんは「マウスの体の状態によって、脳は『おいしい』『まずい』という全く逆の評価・判断を下します。今回の研究で、感情の中枢であるドーパミン神経系が、体の状況を読み取って、その判断をしていることが分かりました」と話します。
今回の研究成果は、体内の状態に応じた食事のおいしさの客観的な評価法の開発や、摂食障害などの精神疾患の治療への応用に役立つ可能性があるそうです。
小澤さんは「ある人が食事をしている時、どのくらいその食べ物が『おいしい』『まずい』と感じるかは、本人に聞くしかありません。しかし、その報告内容はその人が自分の感情をどれだけ正しく評価できるかなどの『メタ認知』に強く依存しています」と指摘します。
「おいしさの客観的な評価法は、おいしいかそうでないかをその人に聞くのではなく、『その人の脳に聞く』というイメージです。商品やメニュー開発で、より正しいおいしさの評価を行うことが可能になります」
また、言葉でコミュニケーションを取ることが難しい相手がおいしさをどう感じているかを測ることもできるようになるかもしれません。
「ペットや家畜と行った動物や赤ちゃん、患者が感じているおいしさの客観的評価法の一つとして『(非侵襲的な方法で)脳活動を測る』ことが重要なのではないかと考えています」と話し、今回の研究がその開発の一助となると考えているそうです。
精神疾患の治療についても貢献できる可能性があるといいます。
「一部の心の病気では、たくさんの水を飲んでしまう症状が出ることがあります。これは過剰な水分摂取を伴う症状で、我々の研究を踏まえると、『体内の水分・塩分状態のモニタリング』と『水の価値計算』の間に異常が生じている可能性が考えられます。このような疾患の原因究明にも貢献できればと考えています」と話しています。
1/4枚