お金と仕事
影の輪郭写し、砂利貼り付け…学生が壁画制作、独自技法に込めた思い
会社の壁が、キャンバスに――。半導体業界大手の企業が、美大生ふたりに自社の壁を使って絵を描いてもらいました。ひとつの作品は、実際の「影」を写し取って描いたもの。もうひとつは、わたしたちが踏みしめる「砂利」を使ったもの。どんな思いを込めたのか、話を聞きました。
このプロジェクトは、半導体業界大手のルネサスエレクトロニクスが発足から15年になるのを記念して企画しました。学生アーティストを公募したところ、16の美術系大学から32人の応募があり、2人が選ばれました。
東京都江東区にある本社の壁画の制作を担当したのは、京都精華大学芸術学部4年生の中村琴梨さん(22)です。
自身で編み出した「影取り」という技法を用いました。木々や植物などがつくる影を写し取るものです。
まず本社近くで、影を写し取るのに適した場所を探しました。
ただ、「輪郭がはっきりしている」「縦2m横6mの壁画に適する」といった条件に合う影はなかなか見つかりません。
約5時間かけて周辺を歩き回り、丸みを帯びた影がある木漏れ日を発見。その場に紙を広げて座り込み、そこに映し出された影を鉛筆で丁寧になぞっていきました。
「風が吹く、その一瞬一瞬で影の形は変わっていきます。その一瞬をとらえたいと思い、素早く描き写しました」
こうして写し取った影の輪郭を生かしながら、ルネサスのロゴに使われている青を基本に、赤や黄といった色を重ねて壁画を仕上げていきました。
中村さんは、作品作りに影を生かした理由について、半導体との〝共通点〟をおぼえたからだと語ります。
半導体はスマートフォンやパソコン、家電、自動車などさまざまなものに使われているものの、「直接見ることはほとんどなく、目に見えないヒーローのような存在」と中村さん。
「影も目には見えていますが、その色や形は注意深く見ない限り意識しません。そんなところが共通しているように感じました」と話します。
壁画は、本社のゲスト待合スペースに設置されており、ルネサスと取引がある顧客や企業などが訪れた際に自由に見ることができるそうです。
洋画専攻の中村さんは、10月28日~11月2日まで京都市東山区のギャラリー「Art Spot Korin」で個展を開きます。
東京都小平市にある「武蔵事業所」の壁画を担当したのは、多摩美術大学美術学部4年生の赤佐氏利(あかさ・うじとし)さん(21)です。
壁画に貼られた砂利が目をひきます。これも半導体との〝共通点〟を感じたそうです。
赤佐さんは「砂利は、私たちが日々踏みしめ、歩く際に支えてくれる身近な存在です。人々の生活を下支えする半導体とどこか共通する部分があると感じました」といいます。
「地に根差すような重厚な存在感をまとってほしい」という意図も込めたそうです。
作品全体は江戸時代後期の絵巻「熈代勝覧」(きだいしょうらん)に着想を得ています。
「熈代勝覧」は1805年頃の日本橋の様子を描いた絵巻です。
「半導体が社会の基盤として機能することで、人々の生活が豊かに営まれている。『熈代勝覧』が描く活気あふれる人々の姿と非常に親和性が高く、作品のコンセプトとしてもふさわしいと感じ、参考にしました」と話します。
グラフィックデザイン学科の赤佐さんは、NHKの連続テレビ小説「あんぱん」に出てくる一部の絵画の制作も担当しました。
ルネサスエレクトロニクスは、「学生の飛躍につながれば」と企画したそうです。4日間をかけて大作に挑戦した2人のこれからの活躍に注目です。
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