連載
#8 若者のひとり旅
旅と旅行の違い〝無意識〟の使い分け 旅に求められる〝学び〟の効用

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#8 若者のひとり旅
「ひとり旅」とは言うけれど、「ひとり旅行」とは言わない――。古くから「旅」に学びや成長を期待してきたわたしたち。しかし、旅はタイパやコスパが悪いとも思われがちです。旅でどんなものが得られるのでしょうか。駒沢女子大の鮫島卓教授に聞きました。(withnews編集部・水野梓)
観光を研究しながら、若い学生の初めての海外旅行をサポートする活動にも取り組む、駒沢女子大の鮫島卓さん。
「旅というと〝遊び〟のイメージがありますが、『かわいい子には旅をさせよ』という言葉もあるように、古くから〝学び〟の効用が期待されてきました」と指摘します。
近世のイギリスでは、貴族の息子たちが大人になる通過儀礼として大陸を旅行するという「グランドツアー」が盛んに行われていたといいます。
旅の何が、人の何を変えるのか――。そんな研究のため、ANAが事務局を務める「旅と学びの協議会」の理事も務めています。
そんなわたしたちですが、家族で行くのは「家族旅行」、ひとりで行くのは「ひとり旅」と、「旅行」と「旅」を無意識に使い分けていると鮫島さんは指摘します。
「近代以前の旅は、楽しさとは対極にあるようなもので、修行や交易などを指していました。これは生存のリスクもあるような、もしかすると帰ってこられない可能性もあるという移動の形態です」
「産業革命で資本家と労働者が分かれ、働き方が変わって余暇が生まれ、娯楽の旅行が生まれてきました。今もバカンスなど余暇の楽しみでは〝tourism〟を使うことが多いです。〝tour〟の語源は〝ろくろ〟で、行って帰ってくるという意味合いがあります」
一方で、〝travel〟は〝苦役〟を意味する語から派生しているそうです。
鮫島さんは「冒険のようなイメージのある旅は〝travel〟や〝journey〟。ひとり旅も〝travel〟を使っています。人生にたとえられたり、文学の表現や歌詞などに登場したりするのも〝旅〟が多い」と指摘します。
「学びや修行、自己成長といったイメージの強い〝旅〟と、楽しみや観光といったイメージの強い〝旅行〟。とはいえ江戸時代の庶民の『お伊勢参り』などは、旅ですが楽しさの側面もありました。どちらがいいとか悪いとかいうわけではなく、今でも無意識に使い分けているというのが興味深いですよね」と話します。
「旅は平和だからこそできる」といわれますが、鮫島さんは「逆に、旅や観光こそが、長い目で見ると平和をつくるのは間違いない」と指摘します。
「旅に出たら、トラブルが起きることもあります。研究の調査でイタリアを訪れた時、毎年行っているにもかかわらず、レンタカーの予約ができていないことがありました。『これから2週間使うのにどうしたらいいんだ…』と途方に暮れました」
それでも、「大概のケースでは助けてくれる人が現れます。私はロシアでも、困っていたときに高校生に助けてもらった経験があります。政治は政治で別に考えて、そこに住んでいる人は人間だからわかり合えるという経験はとても大事です。困っている時に優しく手をさしのべてくれたという旅の経験を、自分の国に帰って家族や友達に話している人は多いのではないでしょうか」と話します。
また、旅行者には「互恵性」があると鮫島さん。旅先で助けられたら、日本を旅している人が困っているときに助けてあげたいという「恩返し」の思いです。
「旅行の経験豊富な人がたくさん住んでいる地域は、観光客への寛容度も高いという研究もあります。自分が旅行者として楽しんだ経験のある人は、逆の立場として受け入れるときも歓迎するんですよね」
もちろん日本国内には、訪日外国人の急激な増加によってオーバーツーリズムが起きてしまっている地域もあります。
しかし、鮫島さんは「訪日外国人が魅力だと思っているのが日本文化。経済力や軍事力ではない日本の文化力というソフトパワーこそ、これからの日本を支えるものだと思います」と話します。
「海外を旅すると、自分たちが気づかなかったような日本の魅力に気づくこともありますよね。一方で、海外の人へ日本文化についてなかなか語れない、説明できないということにも気づいたりします」
鮫島さんは「自分が海外に出て、日本や自分の居場所を相対化して初めて分かることもあります。比較する目を持つことで、日本に帰ってから違う目で見られることもあるでしょう」と語ります。
しかし、鮫島さんは、「ただ旅をすれば自身の変化に気づいたり、固定観念を破ったりできるわけではありません。大事なことは、『見るだけでは終わらせない』ことと『旅を内省する』こと」だといいます。
たとえばSNSで話題になっている風景を見にいき、ただ写真を撮ってくるだけでは、「変化は起きない」とのこと。
「ふれたり、食べたり、現地の人と交流したり……何かしらの『身体知』に変換しないと、固定観念はなかなか変わらないからです。『実感』して体に刻むことで、記憶に残るのではないでしょうか」
さらに、その記憶を振り返る「内省」も大事だという鮫島さん。
「経験を誰かに語ったり、写真を発信したり、自分の体験をどこかに書いたり……表現方法は何でもいいんです。記憶を振り返ることで生まれてくるのは、自身の経験を客観視する視点です。そうすることで旅の前と後での自分の変化にも気づけます」
鮫島さんは「こうした旅の忘れられない体験って、一生、記憶に残りますよね。それを思い返すだけで、頭のなかで何度も旅行できてしまう。旅って1回きりの気晴らしの消費ではなく、最高にタイパがいい投資ともいえます」と話します。
そんな鮫島さんが強烈に覚えているのが、ラオスの山奥に行ったときに出された昆虫料理です。
「もちろん最初は驚きますが、行った以上は、諦めて食べるわけですよ。3日目ぐらいになると、虫の味の違いが分かるようになるんですよね」と笑います。
「いったん〝やってみよう〟と思えると、世界が楽しめるようになります。そんな風に、異文化や新しいことを許容できるようになるのが、旅の醍醐味です。そうすれば普段の生活でも新しいことにチャレンジできるようになる。ぜひ海外へ踏み出してほしいです」
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