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ムーミンだけじゃない、トーベの魅力 「厳しい現実にも遊び心を」

「トーベとムーミン展」監修 キュレーターのヘリ・ハルニさん

内覧会に登場したムーミン(中央)と、ヘルシンキ市立美術館キュレーターのヘリ・ハルニさん(右)、アルヤ・ミッレル同館長 ©Moomin Characters™
内覧会に登場したムーミン(中央)と、ヘルシンキ市立美術館キュレーターのヘリ・ハルニさん(右)、アルヤ・ミッレル同館長 ©Moomin Characters™ 出典: サイト「トーベとムーミン展」

目次

フィンランド、と聞いたら、かの国で生まれた人気キャラクター「ムーミン」を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。作者のトーベ・ヤンソン(1914-2001)は長らく、「ムーミンの生みの親」という側面から語られてきました。しかし近年、その枠にとどまらない多彩な芸術家として再評価されています。きっかけは、2024年から2025年にかけてフィンランドで催された展覧会。いったいどうして? 担当したヘルシンキ市立美術館(HAM)キュレーターのヘリ・ハルニさんに聞きました。(聞き手/構成:メディア事業本部文化事業1部・黒瀬久恵)

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「ムーミン」の小説 出版80周年

――「ムーミン」の小説は、1945年に第1作「小さなトロールと大きな洪水」が出版され、2025年は80周年です。フィンランドではこの時期にトーベの大規模な展覧会を開催したそうですね

HAMでは2024年10月から2025年4月にかけて「トーベ・ヤンソン―パラダイス」展(以下、「パラダイス」展)を開催しました。

約15万人もの来場者を迎え、当館での展覧会でトップ5に入る来場者数を記録しました。

――トーベは、フィンランドではよく知られているのでしょうか

トーベは早い段階から国際的に知られていました。トーベはスウェーデン語系フィンランド人で、実は、ムーミンの小説はフィンランド語ではなく、母語のスウェーデン語で書かれました。

いくつかのムーミンの小説は、フィンランド語より先に英語に翻訳されました。このことは、彼女の海外での持続的な人気の基盤となっています。

ムーミンとトーベについて関心が高まり始めたのは、トーベ生誕100周年にあたる2014年、フィンランドを代表する美術館である、ヘルシンキのアテネウム美術館で開催された展覧会と研究がきっかけです。

その後も、彼女の芸術に異なる視点から迫る小規模な展覧会がいくつか開催されました。タンペレにあるムーミン美術館では、トーベの芸術とムーミンに関する独自の研究も行われています。
「トーベとムーミン展」に展示されている「ムーミンたちとの自画像」(1952年)=森アーツセンターギャラリー ©Moomin Characters™
「トーベとムーミン展」に展示されている「ムーミンたちとの自画像」(1952年)=森アーツセンターギャラリー ©Moomin Characters™

公共施設に描いた「楽園」 母国で再評価

――トーベの展覧会がさまざま開かれていた中で、なぜ「パラダイス」展は人気を博したのでしょうか

展覧会が本当に特別だったのは、トーベが手がけた、公共施設のためのアートに、はじめて焦点を当てたことです。

トーベは戦後の復興期に、ヘルシンキの学校、保育園、病院、レストランのために、壁画などを制作しています。驚くべきことに、トーベが制作した公共壁画のためのスケッチが、原寸サイズのものも含めて多く残っていたのです。

これらの作品はムーミンの人気の影に隠れがちでしたが、「パラダイス」展は初公開も含め、180点以上の作品を紹介する、初の包括的な展覧会となりました。

本展を通じて、トーベが単にムーミンの作者だけでなく、フィンランド人の日々の生活に喜びと想像力をもたらす、公共施設のためのアートを手がけた芸術家であることを明かしました。

多くの来場者、特に地元・ヘルシンキの人々にとって、驚きだったのです。

トーベの芸術がヘルシンキに深く根付いていること、そして彼女が公共施設に描いた「楽園(パラダイス)」が単なる個人的なものではなく、ヘルシンキの人々に共有されていることが明らかになったからです。
HAMで開催された「パラダイス」展の様子 © Moomin Characters Oy Ltd © Tove Jansson Estate  Photo © HAM / Maija Toivanen
HAMで開催された「パラダイス」展の様子 © Moomin Characters Oy Ltd © Tove Jansson Estate Photo © HAM / Maija Toivanen
――トーベは「ムーミン」だけではない、と

今、注目すべきなのは、彼女の幅広い芸術的キャリアが評価されていることです。

ムーミンのレガシーだけでなく、画家として、公共アートの制作者としての彼女の仕事が、再評価されているのです。

海外メディアも注目しています。ビジネス誌「フォーブス」や、英国の新聞「ガーディアン」「フィナンシャル・タイムズ」「デイリー・メール」、英国の通信社「ロイター」、さらにファッション誌「ヴォーグ」などで、彼女のあまり知られていないキャリアが取り上げられ、壁画や公共施設のためのアートへの新たな関心を呼び起こしました。

欧州各国の報道陣が、こうした作品の鑑賞のためにヘルシンキを訪れ、見学希望も多く寄せられています。

ですので、私は断言できます。トーベはムーミンの作者であるだけでなく、美しさ、調和、想像力のテーマと共鳴し続ける、先見の明あるアーティストとして、欧州でこれまでにないほど人気が高まっていると。

来年には、HAMに新しいトーベ・ヤンソン・ギャラリーをオープンさせます。

毎年異なったテーマで展示を行い、ムーミンキャラクターズ社と共に、トーベの芸術的レガシーとその継続的な重要性をさらに掘り下げていきます。

これにより、ヘルシンキを拠点とした国際的なアーティストとして、トーベの作品に新たな視点を与え、みなさんをトーベの世界への新たな旅へと誘いたいと思います。
カモメが印象的なHAMのエントランス=2024年11月、ヘルシンキ
カモメが印象的なHAMのエントランス=2024年11月、ヘルシンキ

好評だった展示内容 日本でも紹介

――東京・六本木の森アーツセンターギャラリーで開催中の「トーベとムーミン展」では、監修を務めました。「パラダイス」展の成果の一部が展示されているそうですね

トーベの公共施設のための作品の大半は、第二次世界大戦後の10年間に制作されました。フィンランドにおける戦後復興の時代であり、公共施設のための絵画の黄金期でもありました。

キャリア初期にあったトーベも、人脈のおかげで貴重な仕事を得ることができ、芸術家として自立していく上で、大きな経済的支えとなりました。

たとえば、ヘルシンキのアポロ通りの女子学校の校長は、トーベの母シグネの友人で、校舎の窓装飾を依頼しました。
会場に展示されている「人生の水源(窓装飾)」複製=森アーツセンターギャラリー ©Tove Jansson Estate
会場に展示されている「人生の水源(窓装飾)」複製=森アーツセンターギャラリー ©Tove Jansson Estate
トーベは壁画などの制作を通じて、新たな表現方法や手法を学びました。野心的な彼女は、表現方法を常に探求し、自らのスタイルを発展させていきました。

大きなスケールで、建物の壁に直接描く必要がある公共施設のための絵画は、トーベの表現に非常によく合っていたといえます。
「フェアリーテイル・パノラマ」の原寸大映像。木炭スケッチから徐々に彩色されてゆき、生きものたちが楽しげに動く演出だ=森アーツセンターギャラリー ©Moomin Characters™ 
「フェアリーテイル・パノラマ」の原寸大映像。木炭スケッチから徐々に彩色されてゆき、生きものたちが楽しげに動く演出だ=森アーツセンターギャラリー ©Moomin Characters™ 
――一緒に展示されている、ヒトラーなどを描いた反戦風刺画とは対照的です

壁画で表現した「楽園」は、戦時下の憂鬱(ゆううつ)からの逃避として、遠い過去への夢想と憧れから生まれました。

トーベは子ども向けのおとぎ話の要素を持ち込み、自身が子どもの頃に興味を抱いたものも描きました。

公共空間の利用者に楽しみをもたらし、病院や学校、保育園などの雰囲気を、明るくするための絵画です。トーベはときに、厳しい現実に遊び心をもたらす特別な才能を発揮するのです。
雑誌「ガルム」1945年イースター号 ムーミンキャラクターズコレクション © Tove Jansson Estate
雑誌「ガルム」1945年イースター号 ムーミンキャラクターズコレクション © Tove Jansson Estate
――会場には油彩も数多く展示されています

トーベは1937年に画家として本格的に活動を開始しました。彼女はよく「すべての静物画、風景画、キャンバスは自画像だ!」と語っていました。

実際、彼女の自画像には同じものがひとつとしてありません。これら多くの自画像を通して、私たちは彼女の内面を垣間見ることができ、彼女がどのように自身の女性芸術家のアイデンティティを実験的に追及していたかがわかります。

「煙草(タバコ)を吸う娘(自画像)」(1940年)では、反抗的な姿で煙草を深く吸い込みながら、キャンバスの外をじっと見つめています。
「煙草を吸う娘(自画像)」(1940年、中央)をはじめ、会場には多数の油彩が展示されている=森アーツセンターギャラリー ©Tove Jansson Estate
「煙草を吸う娘(自画像)」(1940年、中央)をはじめ、会場には多数の油彩が展示されている=森アーツセンターギャラリー ©Tove Jansson Estate
この絵を完成させる1年前、彼女はイタリアやドイツを旅していました。

第二次世界大戦が始まる直前のことで、異国の文化に触れたことは、彼女の視野を広げ、自画像に見られる静かな自信に繋がっているのでしょう。
――最後に、日本のファンにメッセージを

トーベ・ヤンソンは、海の近くの平和な谷に住み、愛と冒険を胸に抱いている「ムーミン」を生み出しました。

彼女の創作と芸術は、希望、立ち直る力、理解、そして多様性のすばらしさというメッセージを伝えました。これらはすべて、今日でも非常に重要なものです。

「トーベとムーミン展」では、「ムーミン」のスケッチや挿絵、コミックス、油彩画、小説、貴重な資料、そして公共の場に描かれた壁画を通じて、トーべの人生、芸術、そしてムーミンの世界に皆様を誘います。

様々なかたちでみなさまの心に響き、懐かしい記憶を呼び起こすことを願っています!

ヘルシンキを訪れる際は、ぜひHAMの新しいトーベ・ヤンソン・ギャラリーにもお越しください。

トーベもムーミンも 知るほどに増す魅力

「トーベとムーミン展」では、第1章で「パラダイス」展の一部の展示作品が見られます。

初期の油彩画や第二次世界大戦前後の風刺画のほか、愛用品なども展示しています。また、日本ではあまり知られていない公共の施設に描かれた壁画も紹介しており、多彩なトーベの作品を堪能できます。

第2章は、ムーミン谷の魅力が満載。小説やコミックスの原画とスケッチなどを展示しています。ムーミンの小説の世界に没入したような映像演出もあります。

本展の作品数は、全部で約300点にのぼります。知れば知るほど、魅力が増すトーベとムーミン。ぜひ会場で、「とっておき」を見つけて下さい。
【トーベとムーミン展 ~とっておきのものを探しに~】
会期:2025年7月16日(水)~9月17日(水)
会場:森アーツセンターギャラリー (六本木ヒルズ森タワー52階)
主催:朝日新聞社
企画協力:ヘルシンキ市立美術館
後援:フィンランド大使館
協賛:インペリアル・エンタープライズ、NISSHA
協力:ライツ・アンド・ブランズ、S2、フィンエアー、フィンエアーカーゴ 、TOKYO MX
問い合わせ:05-5541-8600(ハローダイヤル)
https://tove-moomins.exhibit.jp/

<巡回展>
北海道立近代美術館 2025年10月1日(水)~11月24日(月・振休)
長野県立美術館 2026年2月7日(土)~4月12日(日)
愛知・松坂屋美術館 2026年4月25日(土)~6月14日(日)

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