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30年前の殺人事件「痕跡」探すと…「チラシは古くなってはがした」
全国の未解決殺人事件、少なくとも369件

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全国の未解決殺人事件、少なくとも369件
〝未解決事件〟と聞くと、情報提供を募って警察や遺族がチラシを配るようすを思い浮かべる人が多いかも知れません。しかし、そんな風に耳目を集める事件ばかりではありません。都道府県警に取材したところ、現在も捜査を続けている殺人事件は少なくとも369件あることがわかりました。ことしは殺人事件の「時効」が廃止されてから15年です。その現場を、改めて取材して〝痕跡〟を探りました。(朝日新聞記者・板倉大地)
アパートで一人暮らしをしていた69歳の女性が殺害された――。そんな事件が30年前、東京都立川市でありました。いまも未解決のままです。
ただ、インターネットで検索しても、事件を伝える情報はほとんど見当たりません。
朝日新聞の過去の記事を調べてみても、事件発生を知らせるものと、2010年の時効廃止の直前に掲載された現場のルポだけです。
6月末、記者は事件の「痕跡」を探しに現場へ足を運びました。
JR立川駅のほど近く、車通りの多い道から一本入った閑静な住宅街に現場はありました。
当時のアパートの姿はなく、新しい集合住宅が建っていましたが、裏手には当時家主だった男性(76)が住んでいました。
「30年前のことだけど、今でも鮮明に思い出せるよ」
第一発見者となった男性は、1995年7月8日の出来事について、こと細かに説明してくれました。
被害者の女性は1階の部屋で一人暮らしをしており、外出のときは手押し車を押して歩いていたといいます。
ただ、その日は廊下に手押し車が置かれているのに、隣人が呼びかけても部屋から反応がありませんでした。
「おばあさんがいない」と知らせに来た隣人とともに、男性は無施錠だった部屋に入りました。
トイレなどあちこちを探し、布団の後ろで倒れている女性を見つけました。首には絞められたような紫色の痕があったそうです。
一時は警察やマスコミが集まり騒ぎになりましたが、3週間後に八王子市のスーパーで高校生2人を含む女性3人が射殺される事件が発生すると、次第に誰も来なくなったといいます。
「何年か経ったら周囲で事件の話も出なくなった」とも。
15年前に朝日新聞が報じた記事では、男性宅に貼られた「殺人事件捜査にご協力を」と書かれたチラシの写真が載っていました。
そのチラシも「ずいぶん前に古くなってはがした」と男性は話します。
男性に話を聞き終えた後、周辺を歩きましたが、事件を想起させるものは何一つ見つかりませんでした。
いくつかの住宅には防犯カメラが取り付けられ、事件のあった30年前との環境の変化を感じました。
近くで商店を営む50代の男性に、事件について聞くと、「時効になっていなかったのだと、言われるまで気づかなかった」と驚かれました。
当時あった店や住宅の多くが現在はなくなっているといい、男性は「事件を思い出すこともない」と話しました。
ほかにも居酒屋やスナックのお客さんや店主、自転車に乗る女性、歩いている男性たちに声をかけました。でも、覚えている人はいませんでした。
未解決事件といえば、情報提供を募って警察や遺族がチラシを配る場面を思い浮かべます。
マスコミが何度も取り上げる耳目を集める事件ばかりではありません。警察のホームページに情報がないものも少なくなく、現場周辺でも事件を知らない人がいるのも当然です。
警察庁は時効廃止の翌年、都道府県警にある通達を出しました。
事件から30年が経っても手がかりが得られていないケースについては、捜査結果を検察官に送致することを検討できるというものでした。
30年たっても進展がなければ、警察の捜査に一区切りをつけてもよいという意味です。
立川市の事件も、今年で発生から30年を迎えました。解決しないまま、ひっそりと忘れられていく事件が今後増えていくのではないか。そんな危機感を抱きました。
未解決の殺人事件が全国にどれぐらいあるのかを都道府県警に取材したところ、2010年に公訴時効が廃止され、現在も捜査を続けている事件は少なくとも369件あることがわかりました。
私自身が取材で関わった事件もいくつか目にしました。
青森県で勤務していた記者3年目、同じ地域に住む高齢女性が相次いで殺害される事件が発生しました。
被害者は私が通っていた食堂の女性店員の友人で、取材を続けましたが、解決に至らないまま転勤となったときのやるせない気持ちを思い出します。
次に勤務した福岡県では、北九州市で起きた主婦殺人事件の遺族の女性に取材しました。
80歳近い女性は毎年、講演会活動やチラシ配りをしていました。
「来世で娘が『お母さんお疲れ様』と言ってくれる日まで頑張ります」。女性はそう話していました。
私だけでなく、おそらく全国の記者ひとりひとりに、忘れられない未解決事件があると思います。
遺族や捜査員の記憶や思いを残し続けることは自分たち記者の役目ではないか。今回の未解決事件の取材を通して、そんな思いが強くなりました。