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「海猿」じゃない海保のリアルな姿を描くPR動画 背景にある課題は
ギャラクシー賞「CM部門」の選奨に

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ギャラクシー賞「CM部門」の選奨に
屈強な潜水士たちを描いた映画「海猿」の第1作がヒットしてから21年。記者が潜水士たちの存在を知ったのは、入社後でした。ギャラクシー賞をとった「海上保安官物語」を取材した記者が、振り返ります。(朝日新聞記者・稲葉有紗)
海上保安官といえば、過酷な訓練を乗り越え、命を懸けて救助に挑む「海猿」が思い浮かぶ……という人も多いのではないでしょうか。
そんなかっこいい世間のイメージをあえて崩す――。第3管区海上保安本部(本部・横浜市)が制作した3本立てのPR動画「海上保安官物語」はそんな動画です。
優れた放送作品に贈られる「ギャラクシー賞CM部門」の選奨を受賞しました。
「泳ぐことだけは誰にも負けない」と自負してきた職員が、潜水士試験に3回落ちる……。その後、人事課の採用担当としてやりがいを見いだしていくストーリーも。
「最近、ぽっこりおなかを気にしている」という調理担当の職員を、娘の視点でほほ笑ましく描くストーリーもあります。
屈強な潜水士たちを描いた映画『海猿』の第1作がヒットしたのは2004年。現在23歳の記者はまだ2歳でした。
潜水士たちの存在を知ったのは、記者として働き始めてからです。それでも、海保の担当となり、取材に行くと、毎回のように、海猿という言葉を耳にしました。
映画は、それまでほとんど注目されてこなかった海保の厳しい現場の実情を世間に伝えました。
海保に関心を持つ就職希望者が増えただけでなく、職員たちの士気高揚にもこれ以上ない好影響をもたらしたといいます。
しかし、潜水士は海上保安官のわずか約1%しかいません。一般の人にも「自分には無理」と敬遠されがちな存在です。
そんな存在とは違い、第三管区海上保安本部の動画は「リアル」な海上保安官たちを描きました。
そして、ドラマ仕立ての3本の動画は、いずれも記者が見慣れた場所が舞台となっていました。
潜水士を目指す職員が泳いでいたのは、かつて記者がSUP体験取材で溺れかけたプール。部下の悩みに向き合う女性船長の背後は、記者の通勤ルート。あとから気づきましたが、取材してきた広報担当の男性職員も出演していました。
自分が見てきたものが、そのまま動画になったような不思議な感覚をおぼえました。記者の取材の「リアル」もそこに描かれていました。
なぜ、屈強な海猿ではなく、多様でリアルな働き方をアピールしたのでしょうか。
背景には、海上保安官の採用難があるのだそうです。
日本を取り巻く安全保障の環境は、年々厳しさを増しています。
その一方、その厳しさをイメージしてか、受験者は激減。あの手この手で人材を確保しようと対策を練るが、苦しい状況が続いているとのことです。
昼夜を問わない出動や全国転勤。敬遠される理由には、記者の仕事と共通する課題があるように感じました。
初任給の引き上げや柔軟な働き方でアピールする民間に比べて見劣る面もあるかもしれません。
でも、取材を通じて触れる人々は陽気でいきいきとしていて、魅力も多い組織だと感じます。
まずは動画を見て、特殊救難隊や、流出した油などの対応に当たる機動防除隊の厳しい訓練だけではない世界も知ってほしい――。そう願っています。