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誰も知らない42歳の死…現役世代の孤独死 「ひとごとじゃない」

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孤独死と言えば、一人暮らしの高齢者の問題。そんな考えが変わる取材を経験しました。ある42歳の男性が誰にもみとられることなく、死亡から1年以上経って見つかった――。何が起きたのかを知ろうと、現場を歩いて取材すると、現役世代に潜む「孤独」が浮かび上がってきました。(朝日新聞記者・宮坂知樹)
「65歳以上『孤独死』年6.8万人 政府データ推計」
昨年5月、朝日新聞の1面にこんな見出しの記事が載りました。これまで孤独死をめぐる全国的な統計はありませんでしたが、記事は初めて公表された警察庁のデータをもとにしたものでした。
孤独死=高齢者。当初そう考えていましたが、元となるデータを確認してみると、意外な結果を目にしました。
2024年1~6月に自宅で亡くなった一人暮らしの人のうち、15~64歳は約23.7%。3万7227人のうち8826人が、現役世代でした。
昨年1年間分を集計したデータも今年4月に発表され、ほぼ同様の割合になっています。
私は普段、殺人事件などを扱う大阪府警捜査1課の取材を担当しています。
独居の高齢者が自宅で死亡したり、高齢者夫婦が同時に亡くなって見つかったりするケースは、これまで何度も取材してきました。多くは事件性が薄いとされるため、記事化されることはあまりありません。
一方、60代以下の現役世代が自宅で死亡した事案についてはほとんど取材したことがありませんでした。
データに現れた現役世代の人たちを追うため、過去の例を探してみることにしました。
大阪府内の過去3年分を調べると、何件か見つかり、2022年に40代とみられる男性が死亡したという事案に注目しました。
当時の取材では、一人暮らしの男性が民家で白骨化した状態で発見されたという内容で、事件の可能性は低いとされ、記事化は見送られていました。
およそ4人に1人を占める「現役世代の孤独死」――。男性がこれに該当する可能性があると考え、まず現場を訪ねることにしました。昨年夏のことです。
大阪府北部にある淀川が近くを流れる街。男性が住んでいたのは住宅街から取り残されたようにぽつんと建つ、築50年超の一軒家でした。
近所の人たちに、男性のことを知らないか聞き込みを始めました。
隣の事業所に勤める男性「何年か前までおじいちゃんが住んでいたけど、若い住人は見たことがない」
近くの住民「80代のお父さんが何年か前に亡くなった。息子は見たことがない」
元自治会長「郵便物や回覧板が家にたまっていると連絡があり、家の中に入ったことがある。父親が倒れていたが、そのとき息子はおらず、所在や連絡先もわからなかった」
男性の家族を知る人はいましたが、男性について知る人はいませんでした。
季節が変わるころまで取材を続け、男性の親族や、小中学校の同級生ら30人以上に話を聞きました。
それでも亡くなる直前の男性を知る人は見つかりませんでした。
男性が42歳で亡くなった当時の状況としてわかったのは、死亡から発見までは1年以上が経過し、所持金もわずかだったこと。親族とも疎遠で両親が死亡し、つながりが希薄なままこの世を去った姿でした。
孤独死は高齢者だけの問題ではない。いまを生きる現役世代に、孤独が確実に広がり、亡くなっている人がいることを実感しました。
こうした実態を伝えようと、数カ月間かけた取材を朝日新聞の連載「孤独死する現役世代」にまとめました。
28歳独身の私は、地元の埼玉県を離れて大阪で一人暮らしをしています。家族や友人とも長く離れ、日常的に接する人はほとんどが仕事関係です。
取材で職場にいないことも多く、自宅で倒れていても、数日間は誰にも気づかれないかもしれません。
男性の取材を通し、孤独死はひとごとではないと感じました。
孤独死に詳しい日本福祉大の斉藤雅茂教授(社会福祉学)に取材をすると、「孤独死のリスクは、高齢世代よりも現役世代の方が高いと考えられる」と話していました。
ケアマネジャーやヘルパーが身近にいる高齢者に比べ、しばらく連絡が取れない状態になっても、気づかれない若い人は少なくないと言います。
それにしても、孤独死に至るまで男性を追い詰めたものは何だったのでしょうか。
孤独死した男性は、死亡当時は無職でした。取材では、正社員として雇用されたことは確認できていません。
男性の孤独死の背景として考えたのが「世代」です。
1980年生まれの男性は、バブル崩壊後に就職活動を経験した「就職氷河期」や「ロストジェネレーション」と呼ばれる世代です。
多くの人が就職先に恵まれず、非正規雇用などの低賃金で不安定な就労を強いられてきました。
こうした世代の人たちは孤独死について、どう考えているのか。
同じく大阪府警捜査1課を担当している田添聖史記者が、亡くなった男性と同じ年に生まれた非正規雇用の女性に取材しました。
女性は就職活動で40社以上を受け、全て不採用。非正規の図書館司書として仕事を続け、副業を合わせても年収は200万円に及びません。「ワーキングプア」(働く貧困層)の境界線を下回る年収です。
独身で、家族とも疎遠。東京のNPOが運営する見守りサービスを利用しています。
「お元気ですか?」「OK」
一定の頻度で届く安否確認のメッセージに答え、自分の生存を報告するサービスです。
「自分もいつか独りぼっちで死ぬんだ」。そんな未来が現実味を帯びていくように感じ、登録を決めたといいます。
こうした生活になったきっかけは何か。女性が考えたのは就職活動の失敗です。
就職氷河期が、20年あまりたった今も重しになっているということでした。
世代が抱える社会的な問題が個人の就労の不安定さにつながり、結婚したり家庭を築いたりすることを難しくさせていると感じました。
取材した42歳の男性も、先を見通せないまま、孤独死につながってしまったのかもしれません。
連載「孤独死する現役世代」が朝日新聞のデジタル版や新聞紙面に掲載されると、多くの反響がありました。
氷河期世代の同世代の方からは「他人事とは思えない」「貧富の差が大きすぎる」「早く政治家の皆さんには気がついてほしい」など2人の境遇を思って対策を求める意見がありました。
ただ、別の世代からは「なぜ努力することをやめてしまったのか」といった当事者の責任を問う意見もありました。
氷河期世代の人たちはこういった社会の空気を感じ取り、「自己責任」という重しを抱えながら生きてきたのだろう――と28歳の別世代である私自身は想像します。
世代間でのこうした認識のズレが、氷河期世代をさらに孤独へと追いやってしまったとも思います。
政府は4月に入り、氷河期世代に対する支援策を新たに示しました。賃金や貯蓄が低い傾向にあるとして、高齢期を見据えた支援などを強化する内容です。
しかし、取材をした42歳の男性や、自らの孤独死を憂える女性のこれまでの人生を目の当たりにすると、この時期に示される支援策はむなしく感じます。もっと早く、もっと手厚く、できることはなかったのでしょうか。
すぐに解決策を提示できる問題ではありませんが、今回の取材を通し、一つの現場から社会の姿が見えてくることを感じました。
事件や事故の取材を続けながら、いま社会で何が起きているのかに敏感に、そして、考えられる記者でいたいと思います。