連載
#9 水の事故を防ぐ
目の前で溺れた子ども…反省が原点「ライフジャケットを当たり前に」
5人に1人が「溺れ」を経験しています

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#9 水の事故を防ぐ
5人に1人が「溺れ」を経験しています
事故が起きてからではなく、起きる前から「ライフジャケット」の話をしよう――。水辺で遊ぶ際、安全対策として準備しておきたいライフジャケット。元教師の男性が「子どもたちの命を守るため、ライフジャケットを当たり前に準備できる社会を作りたい」とクラウドファンディングに取り組んでいます。自身も教師時代に、川での授業で危険な場面に遭遇した経験がありました。
「『ライフジャケットを当たり前に準備してほしい』というメッセージを伝えたいんです」
2007年からライフジャケットの普及活動を続ける森重裕二さん(49)=香川県在住=は、そう話します。背景にあるのは自身の反省です。
滋賀県の小学校で教員として働いていた森重さん。着任して間もない頃、50人ほどの子どもたちを川遊びに連れていく授業がありました。
事前に下見をした際、カヌーが趣味で水辺に慣れていた森重さんは、「この川で遊ぶのは危ないな。ライフジャケットを着せるべきでは」と感じました。しかし、同僚に意見を伝えることはできなかったといいます。
迎えた行事当日。楽しく遊んでもうすぐ活動が終わりというそのとき、目の前でひとりの子どもが溺れてしまいました。
幸い近くで見ていたのですぐに助けることができましたが、「亡くなるような事故につながったかもしれない」と深く反省しました。以降、校内でライフジャケットの必要性を訴えるようになったそうです。
所属する小学校でライフジャケットが導入され、周囲の意識は少しずつ変化していました。しかしそんな矢先、近くの小学校の児童2人が川で溺れて亡くなる事故が発生してしまったといいます。ライフジャケットは着用していなかったそうです。
「所属する小学校だけでなく、もっと広くライフジャケットの大事さを伝えなければ」。ホームページを立ち上げ、SNS(@LifejacketSanta)などでライフジャケットの必要性を伝えるようになりました。
森重さんの住む香川県では、県教委が2020年から全国に先駆けて学校や子ども関連の団体へライフジャケットの無料貸し出し事業を続けています。
県教委は、当初ライフジャケットのニーズを把握していませんでしたが、事業をスタートさせると初日に利用予約が埋まるほどのニーズがあったそうです。
ライフジャケットの価格は数千円しますが、購入しても使用機会は限られます。森重さんと県の担当者は、貸し出し事業をはじめ、ライフジャケットの「潜在的なニーズ」に気づくことができたといいます。
貸し出し事業を始めてみたところ、ライフジャケットは水泳が苦手な子どもにも好影響があったそうです。
事業報告書には次のように書かれています。
「水に恐怖心がある生徒も、ライフジャケットの浮力に安心し、プールの底から足を離して水の流れに身を任せて進むことができた」
「ずっと顔つけができなかった生徒も、ライフジャケットを着用して『絶対に沈まない』という安心感を得たことで、スムーズに顔つけをすることができた」
「全国で同様の取り組みが増えてほしい」と考えた森重さんは2023年、全国の自治体にライフジャケットを寄贈するためにクラウドファンディングで資金を集めました。
最終的に300万円近い支援が集まり、秋田、埼玉、静岡、長野、大分、群馬、三重の7県にそれぞれ30~60着のライフジャケットを寄贈したそうです。各自治体では貸し出しが始まりました。
「学校の学習や子ども会の行事で使いたいと思っても、ライフジャケットが用意できないこともある。各地に貸し出しシステムをつくってほしい」と森重さんは話します。
森重さんは、1度目のクラウドファンディングを通して「メッセージを伝えることができる」と手応えも感じていました。
今回2度目となるクラウドファンディング。ライフジャケット導入の希望があった滋賀、広島の市町村へ30着程度ずつ寄贈するだけでなく、「『ライフジャケット』を当たり前に準備してほしい」というメッセージを広く発信する目的があります。
「支援してくださるということは、僕のメッセージに賛同してくれているということ。今回のクラウドファンディングが成功したら、多くの人が『ライフジャケットが当たり前になる社会』を願っていると伝えていきたいんです」
「日本財団 海のそなえプロジェクト」が2024年に15~70歳の男女1万人を対象に行った調査によると、およそ5人に1人が大量の水を飲み込んだり、呼吸が乱れてパニックになったりして溺れた経験があるそうです。
特に小学生以下が多く、小学生低学年で41.1%、小学校入学前で26.9%、小学校中学年で21.7%と続きました。
溺れた経験がある人のうち、半数がうきわやライフジャケットなどの浮き具を使っていませんでした。
「毎年、ライフジャケットが話題になるのは水辺での事故が起きた後です。報道されるのは溺れて亡くなったケースですが、溺れた経験がある人はたくさんいます」と森重さんは指摘します。
「5月に入って暖かくなると、子どもたちは水辺に近づくようになります。それまでの間に準備ができているかがポイントです。溺れは身近にあることなので、早め早めに『水辺は危ないから大人と一緒に行く』『ライフジャケットをつけたほうがいい』と語ってほしいです」
家庭で伝えていくことも大事な一方、教育に採り入れていくことが重要だと話す森重さん。水辺の安全や水泳学習など、学習指導要領でライフジャケットの必要性に触れてもらうべく、普及活動に力を入れていくといいます。
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