連載
#45 小さく生まれた赤ちゃんたち
「障害って何?」子どもの答えは 「NICU命の授業」で伝えたこと
神奈川県立こども医療センターの新生児科医が2008年から続けています

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#45 小さく生まれた赤ちゃんたち
神奈川県立こども医療センターの新生児科医が2008年から続けています
「障害とは何か」「もしかしたら誰かの〝障害〟になっているのではないか」ーー。NICU(新生児集中治療室)で日々、懸命に生きる赤ちゃんとその家族を見守る新生児科医が、小中高校生や大人たちに向けて「命の授業」を行っています。病気や障害のある子や家族が生きづらくない社会を目指し、続けてきた授業はまもなく100回を迎えるそうです。授業に参加して、新生児科医が社会に問いかける〝宿題〟について考えました。
「子どもたちにいつも最初に問いかけているのは、『障害って何かな?』という質問です」
3月中旬、つどいの森もみの木こども園(横浜市青葉区)で開かれた「NICU命の授業(以下、命の授業)」。神奈川県立こども医療センター(横浜市南区)の新生児科医・豊島勝昭さんが、集まった大人たちへ語りかけました。
「病院では多くのご家族から『赤ちゃんに障害は残りますか?』『障害のある子ですか?』と聞かれます。では、その障害というのは何なのでしょうか。みなさんにも考えていただけるとうれしいです」
豊島さんは、早産などで小さく生まれたり、生まれつき病気があったりする赤ちゃんや家族と日々向き合っています。
2008年、NICU(新生児集中治療室)の医師不足に危機感を抱いたことをきっかけに、主に小中高校の子どもたちへ向けてNICUを知ってもらうための「命の授業」を始めました。
当初、子どもたちに障害について聞くと、「歩けない」「目が見えない」「耳が聞こえない」という答えが返ってきましたが、次第に「発達障害」と答える子どもが出てきたそうです。
最近では、子どもたちが周囲の目を気にしながら答えたり、そもそも答えるのを躊躇(ちゅうちょ)したりすることが増えてきたといいます。
子どもたちの回答の中でも豊島さんが特に気になったのは、「僕たちと違う子、普通じゃない子」という表現が増えていることでした。
「社会では『ダイバーシティ』や『共生』と言われていますが、このような答えは『共生』なのでしょうか。これは子どもたちが悪いわけではなくて、子どもたちは大人を見て成長しています。むしろこのような答えが増えている今だからこそ『命の授業』が大事ではないかなと思っています」と聴講者に投げかけました。
豊島さんは、NICUを舞台にしたTBS系ドラマ『コウノドリ』(2015・2017年)の医療監修を務めています。
今回の命の授業では、妊娠22週未満で人工妊娠中絶ができる時期に早産の可能性が高い妊婦が入院したというドラマのエピソードが紹介されました。
ドラマでは、綾野剛さん演じる主人公の新生児科医・鴻鳥(こうのとり)サクラが、入院した夫婦に「妊娠を継続するか、赤ちゃんを諦めるか」を尋ねます。22週を超えて出産できたとしても、早産で小さく生まれた場合、赤ちゃんに重い障害が残る可能性も伝えました。
実際、豊島さんも患者家族へ「赤ちゃんが亡くなってしまうかもしれない」「助かっても障害とともに生きるかもしれない」と伝える機会は多いといいます。
「周産期医療では、『何がなんでも助かってほしい』という気持ちと『育児への不安から産むことをためらう』気持ちで揺れ動くご夫婦と毎日会って、それぞれの決断を見守っているのだと思っています」
思いがけない早産や病気のある子どもたちの出産を、最初から受け入れられる夫婦は多くありません。赤ちゃんが生まれたあと、迷いながら時間をかけて「産んでよかった」と思えるようになる人もいるそうです。
神奈川県立こども医療センターでは、赤ちゃんのそばでゆっくり面会できるように半個室の病床に改装したり、24時間面会ができるようになっていたり、家族の時間を大切にしています。
「親子の愛情は当たり前ではありません」と豊島さんは話します。
「触れたり、抱いたり、声を聞いたり、一緒に過ごすうちに、子どもと一緒に生きていきたいと思う気持ちがわいてきたり、増していく。それを邪魔しないようにしたいと思いながら集中治療をしています」
日本は医療の発展とともに救われる命は増え、新生児の救命率は世界トップクラスになっています。一方で、医療的ケアを受けながら暮らす子どもたちも増えてきました。
小さく生まれた赤ちゃんのなかにも、退院時に在宅酸素療法や気管切開、胃ろうなど医療的ケアとともに退院する子どもたちがいます。
豊島さんは、鼻に酸素チューブを付けて退院した赤ちゃんのエピソードを紹介しました。
病院にいるときは「顔にチューブを付けている子はほかにもいるし、障害だと感じなかった」と話していた家族。
しかし、チューブを付けた赤ちゃんと外出すると「じろじろ見られたり、逆に空気のように目を合わせてくれなかったり、チューブがついているのを『かわいそう』と言われたりして、これが障害なんだ」と実感したそうです。
「この親御さんにとっては、顔にチューブを付けていたり、小さく生まれたりしたことではなく、街の中でそのような視線や言葉にさらされることが障害だったんです」と豊島さんは話します。
「実は誰もが気づかないうちに誰かの障害になっているのではないかと思えます」
命の授業では、NICUで過ごす子どもたちの写真をスクリーンに映し出しながら、成長や看取り、卒業後のエピソードが紹介されました。
豊島さんは「こども医療センターへ最初は戸惑いながら入院するご家族が多いけれど、いつかこども医療センターへ来てよかったと思ってもらえるような医療を提供したいと思っています」と話します。
一方で、退院後の生活は病院のフォローだけでは解決しません。
「病気や障害があっても子どもたちや親御さんたちが楽しく過ごせるような街は、どんな人も生きづらさを感じることが少なく生きられる街になると思います。地域や学校での生活で子どもたちとそのご家族が孤独を感じないように応援し合いたいと願っています」
「NICUを卒業した子どもたちが大人になっていくのをどう応援するかというのが、僕たちの次の課題です。子どもたちが社会の中でそれぞれの居場所を見つけられるといいなと思っています。病気や障害があってもなくても、子どもも大人も、街の中で心を寄せ合って、共に生きていくことを考えていくきっかけになれたらうれしいです」
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