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12歳に「覚えていないわけがない」厳しい取り調べ…起きうる〝冤罪〟

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取り調べで厳しく追及されて、本当はやっていないのに「やった」と言ってしまった――。そんな経験をしたのは、12歳の女の子でした。多くの冤罪(えん・ざい)を生む引き金になってきた「虚偽の自白」が、兵庫県で起きたことが独自取材で判明しました。取材を通して「冤罪は実は身近に起きている問題かもしれない」との思いを強めました。これまでの冤罪事件の取材を振り返ります。(朝日新聞記者・田中恭太)
昨年は、袴田巌さん(89)が再審無罪になり、警視庁公安部による横浜市のメーカー「大川原化工機」への捜査が違法とされた問題もありました。
大阪でも、地検の取り調べ対応が問題になり、無罪になった事件がありました。どれも大きく報道されました。
記者は、裁判取材を担当してきました。こうした事案が相次ぐ近年、「冤罪」が一つの共通する取材テーマだと感じます。
記者が「冤罪は実は身近なところでも起きているのでは」と気づいたのは、ある無罪になった事案がきっかけでした。
東京都に住む50代の女性が「自転車カバーを破った」として警察に厳しく追及された末に、本当はやっていないのに認める形になり、罪に問われる事態になってしまった、というものです。
女性が裁判で争い、無罪を勝ち取ったことを偶然知り、昨春、「わたしが『犯人』にされたとき」という連載記事にしました。
その直後、新たに独自に情報を得たのが、「小学6年生の12歳」のケースでした。
昨年2月末、母親(51)に突然、兵庫県警の警察署から連絡があり、当時12歳の長女を連れてくるように言われました。
2人に思い当たる節はありませんでした。それでも、その日の夕方、すぐに署へ行きました。
2人は別々の部屋に案内されました。呼ばれた理由は「同級生の男児の股間部分を10回以上触った」などというものでした。
長女は小部屋で女性署員に事情聴取を受けました。やはりそんな記憶はなく、「わからない」「覚えていないです」などと否定していたといいます。
ですが、「覚えていないわけがない」と繰り返し追及されたそうです。
時計がない部屋で聴取は続きました。
長女は最終的に、自分のやったことと、どう思っているかを紙に書くように指示されました。
その結果、「修学旅行時と、11、12月のあたまの休み時間に(同級生の)ちんちんを触った」と書き、署名と指印もしてしまいました。
そしてやっと部屋を出られたといいます。署にきて約3時間半後のことでした。
帰宅後、事情聴取の中身を知った母親は仰天しました。
触った認識がないのに、なぜ認めてしまったのか。長女は母親にこう説明したそうです。
「どんな説明をしても、『思い出してみて』と言われた。帰りたいのに帰してもらえず、『私が忘れているのかもしれない、忘れている私がいけないのだろう』と思った」
14歳未満は「触法少年」で、刑罰に問われるわけではありません。ですが記者は、「自転車カバー」事件の女性と一緒じゃないか、と思いました。
自転車カバーの女性も警察になかなか帰してもらえず、警察の認識に沿う説明をひねり出していました。
「長時間の厳しい取り調べの末、認めた」という点では、あの袴田さんの事件とも同じかたちです。
長女の「やっていない」という認識は、思わぬ形で裏付けられることになりました。署が調べを進めると、「教室で10回以上触られた」という被害申告について「虚偽だった」ことがわかったからです。
記者の取材に応じた母親は、「自転車カバー」の記事も読んでくれていました。
「日本の警察はどこでも同じような捜査をしているのでしょうか。記事を読み、同じような構図に驚きました」と言います。
記者は兵庫県警に対し、当時12歳の女の子に対する事情聴取の具体的な時間ややりとりなどを提示して事実確認や見解を求めました。
県警は、小学6年生を調べた点は認めましたが、調査方法が適切だったかなどについては「回答を差し控える」とだけコメントしています。
今回の記事では、被害を訴えたことやその内容を問題にしたいわけではないということです。
特に性被害は声を上げるのが難しいものです。被害の訴えを矮小(わいしょう)化したり、「なかった」としたりするのは危険なことです。
問題は、警察の取り調べのあり方です。
触法少年への調査や子どもの権利に詳しい弁護士は「小学生が3時間も親と離されたまま警察官の追及を受ければ、緊張や不安を覚えるのは当然。虚偽の自白を招きかねない状況で問題がある」と指摘します。
「供述弱者」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。少年や知的障害者、高齢者などを指します。
思いや考えがうまく表現できず、捜査側の取り調べに迎合しやすい特性があるからです。
近年、知的障害を持った人が再審無罪になった事例などがあり、「成人の供述弱者」の存在については注目されてきました。
一方、専門家によると、触法少年は刑罰に問われないため、問題があっても明るみに出づらいそうです。
刑罰に問われないからと言って問題を軽く見ることはできません。触法少年でも、その供述を証拠として、成人らが罪に問われてしまう恐れもあります。
また、家庭裁判所に送られて「保護処分」を受ける可能性もあります。身に覚えのない事実をもとに自由が大きく侵害されることになります。
袴田さんの事件も、大川原化工機の件も、多くの人が知っている問題です。ただ、「大昔の話だ」「珍しいケースなのでは」と感じている人も少なくないのではないでしょうか。
記者が取材した2人は、自転車のカバーを破ったとか、小学校の同級生どうしでのトラブルといった、極めて身近に起きうる話をめぐって思い当たる節がない疑いをかけられ、それを認める形になってしまっています。また、今回の件が起きたのはつい昨年の話です。
しかも記者が偶然、事案を知って、かつ当事者が取材に応じてくれたからこそ、こうやって明らかにすることができたものです。
となると、実は身近に同じような問題がかなり多く起きているのではないか、と考えさせられます。
日本は少年事件に限らず、事情聴取での弁護士の立ち会いが、いまだに実現していません。欧米などでは認められています。
袴田さんの事件から半世紀以上が経っても、取調室で今回のような事案が起きています。改めて、あるべき姿を考えるときにあるのではないでしょうか。