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グルメ

「アートには何ができる?」悩んだ頃 新宿で味わった〝はたちメシ〟

映像作家として活動しながら、カフェで働く東さんの「はたちメシ」とは…?
映像作家として活動しながら、カフェで働く東さんの「はたちメシ」とは…? 出典: 白央篤司撮影

二十歳の頃、何をしていましたか。そして、何をよく食べていましたか?

久しぶりに食べた「はたち」の頃の好物から、あなたは何を思うでしょうか。

今回は、映像作家として活動しながら、東京都墨田区のカフェで働く女性の「はたちメシ」です。

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東加奈子(あずま・かなこ)さん:カフェ店主、映像作家。1991年、愛媛県生まれ。18歳までを松山市で過ごし、進学のため上京。東京藝術大学で現代アートを専攻した。卒業後は美術系予備校で講師として勤めつつ、アーティスト活動を続ける。2024年10月よりカフェの店主としても働く。現在、千葉県在住。

浅草駅から隅田川のほうに向かうと、金色の巨大オブジェが印象的なアサヒビールの社屋が見えてくる。

その裏手、つまりは吾妻橋エリアに、今回取材させていただく東加奈子さんが働くカフェ『ORAND』はあった。

にぎやかな浅草駅周辺から歩いて10分ほど、そこは昔ながらの住宅も多い静かな地域。カフェは昨年10月オープンと聞くが、もっと以前からあるようなたたずまいで周囲となじんでいた。

「ORAND」店主、東加奈子さん
「ORAND」店主、東加奈子さん
実はこちらのカフェで私は先日、とあるイベントをさせていただいた。

そのとき店主の東さんが動画や写真撮影に手慣れているのに驚き、聞いてみれば「ずっと映像制作をやってきたんです」と聞いてまた、びっくり。どんな人生を歩んできたのだろう……と興味が湧いたのだった。

「もともと絵を描いたり、物語を創ったりするのが大好きな子どもでした。中学のときは音楽にも目覚めて、レコード店に通っていて。当時大好きだったのは『ゆらゆら帝国』です」

小学生の頃は不登校の時期もあったが、絵と音楽に支えられて生きられたと東さんは言い切った。

アートに助けてもらったという気持ちは、やがて「自分も文化に携わりたい」という思いに変わる。そのためにも絵を学びたい。18歳までを過ごした愛媛県の松山市を離れ、美大を目指して上京した。

「でも、希望の学校には落ちました。それで新宿にあった美術予備校に通っていたのが、私の二十歳(はたち)前後ですね。2010年頃です」

はじめての東京は「何もかもが新鮮……!」だった。

「地元では食べられなかったアボカドやエスニック料理を食べられて、うれしかった」とまず話されたのが印象的。東さん、かなりの食いしん坊のよう(笑)。さて、美術予備校のほうはどうだったろうか。

「面白い人がいっぱいいました。担任の先生からして、パンタロンにウェスタンルック。授業はとても情熱的で。いろんな地域から来た人がいることも新鮮でした。やさしい人が多かったから、すぐにみんな打ち解けて」

電動消しゴムで作画する子あり、ストローで作画する子あり、独自の表現方法を探る同級生に刺激も受けた。それぞれが自分だけのスタイルを模索している。私は何が出来るだろう……と、悩んだことも。

「技術力が上がらないとか、いろいろうまくいかずに焦る思いもあったんですけど、入った年の冬ぐらいに『気流の鳴る音 -交響するコミューン』(真木悠介 著)という本に出合って、気持ちがラクになったんです。目的地だけを意識するのではなく、そこまでの道のりで出合うものを気にかけていくべきだ、というような意味の文章で。悩んでも仕方ない、その都度の課題と向き合いながら一日一日を味わっていけばいいのか、って」

それまで記憶を拾うようにゆっくり話していたのが一変、本の内容を語るときはスーッと言葉が流れ出てくる。

何度もその本を開いては文章を咀嚼し、いまも心の糧とされているのが伝わってきた。

入試に向けて学び、同時に自分が目指す表現とは何かと考えていた時期、東さんは何をよく食べていたのだろう。

「お金もなかったから大体は家と学校の往復でしたけど、『BERG』(ベルク)にはよく行っていました。ジャーマンブランチが大好きで。当時の私にとっても高くなく、おいしくて、そして居心地がものすごくよくて」

東さんの「はたちメシ」、『BERG』のジャーマンブランチ。2種のパンとハム、ピクルスにレバーペースト、クリーミーな豚のパテなどが一緒になったお得なセット。2025年3月現在609円
東さんの「はたちメシ」、『BERG』のジャーマンブランチ。2種のパンとハム、ピクルスにレバーペースト、クリーミーな豚のパテなどが一緒になったお得なセット。2025年3月現在609円

『BERG』といえば「新宿名所のひとつ」なんて書きたくもなる。新宿駅東口地下にあるカフェでもあり、ビアパブでもあり。営業時間は朝の7時から夜の11時までと長い。

コーヒー党の隣で酒好きがビールを楽しみ、本を片手にゆっくり過ごす人もいれば、待ち合わせにサクッと使う人も。決して広くはない店内に老若男女、様々なタイプの人々が肩寄せ合うようにギュッと詰まるそのさまは、新宿というまちのミニチュア版にも思える。

「混んでいても居心地がいい。私は人ごみが苦手なのに、なぜか『BERG』は落ち着ける。今でも新宿に行くとよく寄ります。当時はジャーマンブランチとコーヒーをセットにしていましたけど、最近はビールも楽しむようになりました(笑)」

二十歳前後、通っていた新宿のまち。時々は「模索舎という書店や、カフェ・ラバンデリアという喫茶店に行っていました」と東さん
二十歳前後、通っていた新宿のまち。時々は「模索舎という書店や、カフェ・ラバンデリアという喫茶店に行っていました」と東さん

たまに『BERG』でランチを楽しみながら過ごした十代最後の頃。ある日、東さんは新宿駅周辺で反戦デモと遭遇する。社会に声を上げる活動をはじめて目にし、配られているビラを読んだ。

次第に社会活動にも関心を抱くようになり、「いま、社会で何が起きているのかをふまえた表現」を考えたいと思い始めていく。

そして2011年、東日本大震災が起こる。東さんはちょうど二十歳になる年、東京藝術大学に合格して、先端芸術表現科で学んでいた。

「芸術と社会の関係性を学びたいと思っていたとき、あまりにも大きな出来事が起こって。大災害が起こってしまったとき、アートやそこに携わる者って何が出来るのだろう……いろいろと迷いました」

ドキュメンタリー映画との出合いから映像制作に興味を持った。歴史に残りにくいような、小さな声を集めて示したい――という思いから、卒業後も制作を続けている。

各地で取材を重ねては映像作品を作り、また「人間と植物の関係性」といったテーマにも興味を持つように。次第に評価も受け、モスクワのビエンナーレやドイツのギャラリーなどで作品が展示されたことも。しかしそんな東さんが、なぜまたカフェの店主に?

大きなガラスが印象的で、開放感のあるカフェ。2階はイベントスペースでもあり、ギャラリーとしても活用できる
大きなガラスが印象的で、開放感のあるカフェ。2階はイベントスペースでもあり、ギャラリーとしても活用できる

「『ORAND』のオーナーとは古いつきあいなのですが、開店にあたって人手を探していたとき、ちょうど私の仕事が一段落するタイミングだったんです。店長として働いてくれないかと頼まれて」

せっかくの機会だからと引き受け、開店からもうじき半年が経つ。少しずつ常連さんも増えてきた。

カフェを頑張りながら、今年は映像制作にもっと力を入れたいと目を輝かせる。

「30分ぐらいの短編映画を作りたいですね。人間を撮るぞ、という思いがあります」

取材・撮影/白央篤司(はくおう・あつし):フードライター、コラムニスト。「暮らしと食」をテーマに、忙しい現代人のための手軽な食生活のととのえ方、より気楽な調理アプローチに関する記事を制作する。主な著書に『自炊力』(光文社新書)『台所をひらく』(大和書房)『のっけて食べる』(文藝春秋)など。2023年10月に『名前のない鍋、きょうの鍋』(光文社)、2024年10月に『はじめての胃もたれ』(太田出版)を出版

Twitter:https://twitter.com/hakuo416
Instagram:https://www.instagram.com/hakuo416/

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