連載
「AEDが使われない悔しさ」授業で感じた男性…救命に関わり消防へ
11歳で亡くなった少女がつなぐ縁

連載
11歳で亡くなった少女がつなぐ縁
同い年の女の子が学校で倒れた時、AED(自動体外式除細動器)が使われずに亡くなってしまった――。授業で悲しい事故を学び、救命現場に立ち会ったことで、消防の道に進んだ男性がいます。女の子の弟とも交流を深めてきましたが、その弟がこの春、人を救う仕事に向けての一歩を踏み出します。男性の思いを聞きました。
消防の特別高度救助隊員として働いていた、的塲(まとば)浩一郎さん(25)。人を救う仕事に就いたのは、14歳のころに受けた救命処置の授業がきっかけでした。
そこで知ったのは、同い年の桐田明日香さんの心臓突然死の事故でした。
さいたま市の小学6年生だった2011年9月29日、明日香さんは学校の校庭で1000mを走った直後に倒れました。
保健室に運ばれましたが、息を吸うような動きがあったため、教員たちから「呼吸がある」と判断されました。胸骨圧迫(心臓マッサージ)はされず、保健室にあったAEDも使われなかったといいます。
これは心停止後に起こる「死戦期呼吸」という状態で、あえぐような呼吸にみえますが、息は吸えていません。事故後の検証では教師たちの知識が不足していたことが指摘されました。
明日香さんの事故は、子どもの心臓突然死を防ぐための教訓として、教育現場で繰り返し語られています。
的塲さんは「AEDが使われなかったことへの悔しさ」を感じ、「いつ自分たちの身にも起こるか分からない」と考えたそうです。
その半年後、的塲さんは地元で開かれた駅伝大会で、男性ランナーが倒れている現場に遭遇しました。
コースから離れたところで仰向けに倒れていた男性は、近くにいた人が声をかけても反応がありません。
的塲さんは救命講習の授業が頭をよぎり、すぐに200mほど離れたスポーツ施設へAEDを取りに走りました。
「AED持ってきました!」
集まってきた医師たちに胸骨圧迫をされていた男性。AEDが使われ、救急車で運ばれていきました。
的塲さんは、「AEDを渡してからは放心状態でした」と当時を振り返ります。
「当日の夜、お風呂に入っているときに自分の行動を振り返りました。もともと社会に貢献する仕事に就きたいと思っていましたが、人を救う仕事をしたいと思うようになりました」
男性が助かったことは、のちに人づてに聞いて知ったそうです。
そんな経験から、的塲さんは救急救命士の仕事に興味を持ち、高校卒業後は関東地方の消防局へ就職しました。
自分の進路を定めるきっかけになった明日香さんに会いたいと、2018年2月、知人の紹介で明日香さんの家を訪れ、遺影に手を合わせました。
その3カ月後、明日香さんの弟・真(しん)さん(18)とも顔を合わせました。当時、真さんは小学6年生です。
学校の校庭で遊んだり、カードゲームをしたり。初対面と思えないほど懐いてくれたといいます。姉と2人きょうだいの的塲さんは「弟がいたらこんな感じかな」とうれしかったそうです。
的塲さんに仕事の話を聞き、救助などで使うロープの結び方を教えてもらった真さんは、「かっこいい。僕も的塲くんみたいになりたい」と憧れを抱きました。
小学校の卒業文集には、的塲さんとの出会いから「救急救命士になりたい」と思ったことを記しました。
真さんが救急救命士をめざしていると知った的塲さんは、自身が使っていたテキストをプレゼントしたそうです。
蛍光ペンで線が引かれていたり、内容を書き写したメモが挟まっていたり、的塲さんの努力の証しが残っているものでした。
この春、真さんは救急救命士の国家試験受験資格を取れる大学に進学し、夢への第一歩を踏み出します。
真さんは「倒れた傷病者だけでなく、周りの家族のケアもできる救急救命士になりたい」と語ります。
昨秋、大学合格の報告をLINEでもらった的塲さんは、「おめでとう!!!これからも夢の実現に向けて頑張ってね!!!応援してるよー!」と返信しました。
「真くんなりの考えで人を救うため、社会がよくなるためにできることをしてほしいと強く思っています」とエールを送ります。
的塲さんは今後、国際救助のスキルをさらに高めるため、海外で学ぶ予定です。
「真くんに恥じないように自分も励んでいきたいですし、今後、人を救う仕事に就いた後に再会したときにも、『この人を追っていきたい』と思ってもらえるような人間になっていたいと思います」
1/33枚