話題
「大人は楽しくなさそう」子どもに言われ、世界に挑戦した切り絵作家
10カ国で絵本を出版しました

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10カ国で絵本を出版しました
「大人は毎日同じ仕事をしていて楽しくなさそう」。ある日、絵画教室の生徒に言われたことをきっかけに、絵本の世界への第一歩を踏み出した切り絵・絵本作家のたけうちちひろさん(53)。「大人は楽しい。大人が挑戦している姿を見せよう」と活動の幅を広げています。
ネコがたくさん住むネコ耳屋根のおうちや、車の形をしたおうち、迷路になっている大きなおうち。2024年に出版された絵本『ぼくのおうち わたしのおうち』(世界文化社)では、個性あふれる魅力的なおうちが切り絵で描かれています。
「好きなものに囲まれているおうちは楽しいですよね。私もネコを4匹飼っています。たくさんのものに囲まれているおうちは、のぞくのも楽しい。そういう世界観を表現できたらと思いました」
物語は、「ぼく」がお友だちの家を訪ねてすすんでいきます。楽しかった1日の最後に描かれるのは「ぼく」のおうちです。
「いろんな人のおうちは楽しいけど、やっぱり落ち着くのは自分のおうち。夜、心がざわざわしても、おうちの中があたたかいと子どもたちは安心します」
作家になる前、たけうちさんは地元・大阪府枚方市の新聞社でデザインや編集の仕事をしていました。
15年以上勤務していた2006年12月、当時5歳の長男から「あまり笑ってないけど、最近おもしろくないの? 絵がうまいから、お絵かきの先生になったら?」と言われたそうです。
日頃から何も見ずにアンパンマンなどのキャラクターを描いてくれる母親は、子どもにとって「絵がうまい」存在でした。
当時たけうちさんは残業続きで疲れもありましたが、「日々変化はなく、楽しく仕事しているというより、目の前のことをこなしているだけになっていたかも」と気づかされたといいます。
「そやね、お絵かきの先生になるわ」。幼い頃めざしていたことを思い出し、長男に伝えました。翌日、上司に退職を願い出たといいます。
翌2007年4月、小学生以下の子どもたちを対象にした「造形絵画教室」を開講。関西圏を中心に、教え子は数百人を超えるそうです。
開講から数年後、切り絵を始めて作品をホームページ(HP)にアップしていました。HPをきっかけに出版社のライターに声をかけられ、クラフト本の出版にもつながったそうです。
造形絵画教室を開きながら作家活動を続けていたある日、たけうちさんは生徒から言われた言葉に立ち止まりました。
「大人は毎日同じ仕事をしていて楽しくなさそう。学校の先生も『大人はおもしろく見えるかもしれないけど、そんなことはない』と言っていた」
たけうちさんは「大人は楽しい。大人が挑戦している姿を見せよう」と奮起。2015、2016年にイタリア・ボローニャ国際絵本原画展に切り絵の物語を応募すると、2年連続で入選しました。
しかし、入選したからと言って絵本の出版につながるとは限りません。自ら世界各国の出版社にメールをして作品をアピールした結果、オーストラリアやフランス、イタリアで出版されることになりました。
「言葉がなくても絵で理解できるのが私のスタイルです。切り絵というアナログのよさもあったのだと思います」
以来、出版した絵本は10カ国語にのぼるそうです。
国内外で30冊以上絵本を出版してきたたけうちさんは、「子どもたちが読んでいる姿や、読んだときにどう感じるのか、絵の向こう側まで想像して作っている」といいます。
一方で、「読者にこうなってほしい、という強いメッセージ性はなく、受け手にゆだねています」と話します。
現在は、より読者の想像力をかき立てる「サイレントブック(文字のない絵本)」にも取りかかっているそうです。
「もともと文章で何かを読み取るというより、絵から感じてもらう、余白のある絵本を作りたいと思っていました。絵で文章以上の情報を表現しているので、自由に読んでほしい。子どもたちの目線や距離感は、大人とはまったく違って新鮮です」
2025年4月に始まる大阪・関西万博でも、枚方市PR大使として「未来の枚方のまち」を創る来場者参加体験型のプロジェクトを担当します。枚方市を模した巨大地図や、子どもたちが「あったらいいな」と思う建物、お店、乗り物などを廃材を使って制作するそうです。
「大人は楽しいよ」を身をもって示すたけうちさん。挑戦はまだまだ続いていきます。
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