連載
#76 イーハトーブの空を見上げて
「スミつけ祭り」で燃やすのは〝観音様〟御利益で顔も服も真っ黒に…
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#76 イーハトーブの空を見上げて
Hideyuki Miura 朝日新聞記者、ルポライター
共同編集記者真っ暗闇の山中に、火の粉をまき散らしながら、炎が龍のように巻き上がる。
岩手県矢巾町にある実相寺の奇祭「スミつけ祭り」。
炎で焼かれているのは「神様」だ。
南無聖観世音菩薩は実相寺の本尊で、地域の人々の暮らしを守り、悩みや苦しみを取り除く。
別名「焼観音」。
木製の2体の観音様を、杉の枝を積み重ねた小山に入れ、火をつける。
「せあどたき」とも呼ばれ、「スミつけ祭り」はその焦げた観音様のスミを互いの顔などに塗りつけ合う、四百数十年前から伝わる奇祭だ。
午後6時。観音堂の前に百数十の老若男女が集まり、杉の小山の火を拝む。
奪い合うように焦げたご神体の消し炭を軍手などでつかむと、軍手に移った炭を相手の顔や体などに塗りつけあう。
「やめて~」「取材なんです~」
どんなにあがいても「御利益、御利益」と言って許してくれない。
顔や着ていた服が炭で真っ黒になる。
報道用のテレビカメラのライトに照らされて、笑い合う歯だけが白い。
(2024年2月取材)
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