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「娘はトー横キッズだった」父の思い 歌舞伎町に通う記者が見たもの

久しぶりに会った娘は、警察署の安置所で冷たくなっていた――。日本一の歓楽街といわれる東京都新宿区の歌舞伎町には、「トー横キッズ」と呼ばれる若者や、金銭的に困って大久保公園に立つ女性たちが集まります。警察の一斉補導の取材をきっかけに歌舞伎町へ通うようになった記者は、「娘がトー横キッズだった」という男性に出会いました。(朝日新聞記者・御船紗子)
私が歌舞伎町の取材をするようになったのは2年ほど前のことでした。
2022年秋から警視庁生活安全部の担当になり、安全に暮らすための施策や風紀に関連する取り締まりなどを取材するようになりました。
歌舞伎町で出会ったのが、「浩三さん」という男性です。
久しぶりに長女のあきこさん(当時16)と会ったのは、警察署の安置所。彼氏とともに亡くなったあきこさんが、「トー横キッズ」だったと、後で知りました。
妹思いでゲームとダンスが好きなあきこさんが、なぜトー横キッズになったのか……。
歌舞伎町に通い、あきこさんと交友のあったトー横キッズたちを見つけ、自分の知らない娘の姿を知っていきました。
浩三さんは現在もトー横を訪ね続けています。
歌舞伎町は日本最大といわれる歓楽街。ぼったくりバーや違法な性風俗店の摘発……担当記者になった直後から、この街の存在が大きいことは感じていました。
ドラマで見たようなきらびやかなイメージがあったものの、捜査関係者から「危ないから一人で行っちゃだめ」と言われました。地方出身で東京に住み始めたのが最近という私にとって、歌舞伎町は未知の存在でした。
歌舞伎町にあるシネシティ広場周辺は「トー横」と呼ばれ、2018年ごろから家庭や学校でトラブルを抱えた子どもたちが集まるようになりました。
「トー横キッズ」と呼ばれる彼らが危険な犯罪に巻き込まれないよう、警視庁は定期的に一斉補導をしてきました。
記者として初めて歌舞伎町を訪れたのは、この一斉補導の取材のときでした。
市販薬を多量に摂取する「オーバードーズ(OD)」で錯乱し、叫びながら広場を走り回った後に救急搬送された少女を間近で目撃しました。
警視庁によると、「トー横」周辺で昨年1~12月に補導された少年・少女はのべ約800人。女性が多く、半数が都外在住だったそうです。
補導の内容は、深夜徘徊(はいかい)、家出、無断外泊が多く、全体の約3割超を占めました。
ODでは40人が補導され、2023年の21人を上回りました。警視庁は「子どもを犯罪に巻き込む大人がいる」として、未成年は安易にトー横に来ないよう呼びかけています。
ある時、補導された少年が、たばこを隠し持っていることを指摘されて「家じゃ誰も気にしてくれないんだもん」と叫びました。
その様子を見て、トー横で飲酒喫煙やODを繰り返す子どもたちは、本当は信頼できる大人にしかってほしかったのかなと思いました。
そこで、警察取材の一環ではなく、トー横キッズのことを知るために歌舞伎町に通うことにしました。
浩三さんとも、通う中で出会いました。
「あきこのような思いをする子どもはもう見たくない」という思いから、今この場所にいる子どもになにかしてあげられることがないか、考えているそうです。
私は何度も浩三さんと歌舞伎町を歩きました。
あきこさんの友だちだったという少年や、トー横であきこさんの「姉」のような存在だった女性とも話しました。
その女性の、「もう友だちがここにしかいない」「(トー横には)来なくていいなら絶対来ない方がいい」という言葉が印象に残っています。
トー横キッズたちも、居場所のなさからここへたどり着いてしまっただけなのだと感じました。
私の後任で生活安全担当になった吉村駿記者は、かつて大久保公園周辺で売春目的の客待ちをしていた女性に取材しました。
彼女のように公園周辺に立つ女性は後を絶たず、なかには悪質ホストクラブで負わされた「売掛金」を返すために売春せざるをえない状況に追い込まれた女性もいます。
昨年1~12月に歌舞伎町で売春防止法違反(客待ち)容疑で警視庁に摘発された女性は97人。平均年齢は25歳で、最年長は52歳、最年少は16歳でした。
売春した動機は「ホストやメンズコンセプトカフェへの支払い」が最多で、衣類の購入や旅行費などの「趣味目的」、「生活困窮」と続いたそうです。悪質ホストクラブの「売掛金」や、「推し活」が売春の理由の多くを占めるようです。
歌舞伎町にたどりついた人のまなざしを通して、この街の現在地を探れないか――。そう考えて、朝日新聞では連載を執筆しました。
取材すればするほど答えのない問題の沼に沈んでいくようで、私自身、原稿を書く間ずっと漠然とした不安を感じていました。
連載が始まってからも、SNS上で取材に応じてくれた方々をさげすむようなコメントを見つけて悔しくなりました。
ただ、歌舞伎町の現状を語ってくれたNPO法人「レスキュー・ハブ」の理事長・坂本新さんは「つながった糸を切らさないこと」が大切だと教えてくれました。
居場所を求めて頼ってくれた相手が、その後もし支援を拒否したとしても、断続的に関わり続ける――。
坂本さんのいう「『あなたを気にかけている』とわかってもらえればいい」という距離感が、難しいけれどちょうどいいのかもしれません。
社会が彼女たちを置き去りにしないよう、多くの人に歌舞伎町の現状を知ってもらうための記事を書くことは、記者の私ができることかと思います。
私は現在、歌舞伎町とは関わりのない分野を担当していますが、これからも断続的にこの街の取材を続けたいと考えています。