全身にまひが出るほどの「ボツリヌス菌」による重症の食中毒のニュースが話題になりました。専門機関は、常温保存で安全に利用できる「レトルトに類似」した「まぎらわしい形態の食品」が流通しているとして、注意喚起しています。その専門機関を取材しました。(朝日新聞デジタル企画報道部・朽木誠一郎)
新潟市は10日、50歳代の女性が「ボツリヌス菌による食中毒を発症した」と発表しました。女性は1月21日、医療機関を受診後に別の医療機関に救急搬送され、2月5日、国立感染症研究所で実施した検査結果からボツリヌス菌による食中毒だと判断されました。10日現在、女性は意識はあるものの、全身にまひの症状があり、人工呼吸器を装着しているといいます。
新潟市によると、女性は昨年11月ごろ、市内の食料品店で容器に包装された要冷蔵食品を購入し、常温保管していました。1月20日正午ごろにそれを食べた際には、ブルーチーズのような臭いや味が確認されたといいます。その後、21日の早朝に目のチカチカ感や嚥下(飲み込み)困難感、ろれつが回らないなどの症状が出た後に、全身がまひしたといいます。
新潟市は、真空パックなどの容器に包装された食品でも、常温で放置することで、「ボツリヌス菌が増殖し、命にかかわる食中毒の原因になることがある」として、注意喚起しました。
「レトルトパウチ食品」と記載されているものは常温保存が可能ですが、「要冷蔵」「10℃以下で保存してください」などの表示があるものは、冷蔵庫などでの適切な保存が必要だとして、注意を呼びかけています。
新潟市は発表の中で、「真空パックなどで、膨張、異臭のある場合は、菌が増殖している可能性があります。絶対に食べないようにしてください」としました。
ボツリヌス菌は土壌や海、湖、川などの泥や砂の中に分布する嫌気性の菌です。嫌気性とは、増殖に酸素を必要としないもので、熱に強い「芽胞」と呼ばれる構造を形成します。この芽胞は、酸素の少ない状態に置かれると発芽し、菌が増殖、毒素が産生されます。
この毒素は現在、知られている自然界の毒素の中では、最強の毒性があると言われています。
食品中でボツリヌス菌が増え、産生されたボツリヌス毒素を摂取すると、ボツリヌス食中毒が発生することがあります。ボツリヌス食中毒では、ボツリヌス毒素が産生された食品を摂取後8~36時間で、吐き気、おう吐や視力障害、言語障害、嚥下困難などの症状が現れ、重症だと呼吸機能がまひして死亡することもあります。
また、1歳未満の乳児がボツリヌス菌の芽胞を摂取すると、腸管内で菌が増殖し、乳児ボツリヌス症が発生することがあります。その原因となる食品には「はちみつ」があり、「1歳未満の乳児にははちみつを与えないように」と言われるのはそのためです。2017年2月には、はちみつを混ぜた離乳食を与えられた5カ月の乳児が発症し、死亡しています。
東京都保健医療局・健康安全研究センターは、ボツリヌス菌による食中毒について、常温保存で安全に利用できる「レトルトに類似」した「まぎらわしい形態の食品」が流通しているとして、注意喚起しています。
ボツリヌス菌による食中毒では、通常、「酸素のない状態になっている食品が原因となりやすい」と同担当者は説明します。例えば、ビン詰、 缶詰、真空パックのような容器包装詰食品、保存食品(ビン詰や缶詰※特に自家製のもの)を原因として食中毒が発生しているそうです。
近年は容器包装詰食品、特に「レトルトに類似しているが、120℃4分の加熱処理がなされていないもの」で食中毒が発生しているとし、「容器包装詰食品の中でボツリヌス菌が増殖すると、容器は膨張し、開封すると異臭がする場合があります」とします。
ボツリヌス菌の芽胞は土壌に広く分布しているため、「食品原材料の汚染防止は困難です」と同担当者は言います。そのため、ボツリヌス食中毒の予防には、「食品中での菌の増殖を抑えることが重要です」とします。
容器包装詰で、加圧加熱殺菌された食品(=レトルトパウチ食品)や大部分の缶詰は、 120℃4分間以上の加熱が行われているので、常温保存が可能。しかし、「これとまぎらわしい形態の食品も流通しています」と同担当者は警戒を呼びかけます。
安全のためのチェックポイントは食品の表示です。「食品を気密性のある容器に入れ、 密封した後、加圧加熱殺菌」という表示のない食品、あるいは「要冷蔵」「10℃以下で保存してください」などの表示のある場合は、「必ず冷蔵保存して期限内に消費してください」とします。
また、「真空パックや缶詰が膨張していたり、食品に異臭があるときには絶対に食べないでください」ということでした。
「ボツリヌス菌は熱に強い芽胞を作るため、120℃4分間以上の加熱をしなければ完全に死滅しません。そのため、 家庭で缶詰、真空パック、びん詰、北海道や東北地方の特産である魚の発酵食品“いずし”などをつくる場合には、原材料を十分に洗浄し、加熱殺菌の温度や保存の方法に十分注意しないと危険です。保存は、3℃未満で冷蔵またはマイナス18℃以下で冷凍しましょう。
食中毒症状の直接の原因であるボツリヌス毒素は、80℃30分間(100℃なら数分以上)の加熱で失活するので、食べる直前に十分に加熱すると効果的です。乳児ボツリヌス症の予防のため、1歳未満の乳児には、ボツリヌス菌の芽胞に汚染される可能性のある食品(はちみつなど)を食べさせるのは避けてください」