話題
うつ状態で休職「自分を取り戻す」 海外、女性ひとりバイク旅の軌跡
『女ひとり、インドのヒマラヤでバイクに乗る。』の作者に聞きました
![何もできないと思っていた自分を、バイクのひとり旅が変えてくれました=里中はるか(はるか180cm)さん提供](https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/storage.withnews.jp/2025/02/07/8/c3/8c3555f9-l.jpg)
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『女ひとり、インドのヒマラヤでバイクに乗る。』の作者に聞きました
何もできないと思っていた自分を、バイクのひとり旅が変えてくれたーー。新卒で憧れの会社に入ったものの、過労と寝不足で体調を崩し、2年休職した「はるか180cm」さん(以下、はるかさん)。復職後、世界各国をバイクで巡るひとり旅を始めました。SNSで発信しながら、昨年「里中はるか(はるか180cm)」としてエッセイコミックを出版。そこには「自分を取り戻す」過程が描かれています。
就職浪人をして新卒で憧れの会社に入ったのは2012年。はるかさんは、優秀な同僚に負けじと仕事に打ち込んでいました。
「もともと周囲から良く思われたい性格なのですが、実態は細かなミスや段取りの不手際が多く、周囲に迷惑をかけてばかり。誰かと比較しては自分にダメ出しをして落ち込んでいました。当時も、歯を食いしばってやらないと見放されてしまうという焦りと不安がありました」
依頼された仕事を引き受けすぎた結果、過労と睡眠不足で体調不良に。対人不安を抱え、プレゼンへの恐怖も募りました。うつ状態と診断され、2年間、休職しました。
都内でひとり暮らしでしたが、神奈川の実家に戻りました。休職中は回復に向けてたくさん休息を取り、自身の内面を振り返る時間を作りました。
家族とゆっくり過ごしたり、漫画を何百冊も読んだり。「からっぽな自分に水をやる時間でした」と振り返ります。
「会社の同僚や上司の評価を気にして頭がいっぱいになっていましたが、会社が自分のすべてだと折れてしまう。仕事の不安を打ち消すための趣味や、嫌いな自分も受け入れることが必要だと思いました」
休職からしばらくして復調してきた頃、小学生のときに好きだった絵を描き始め、水彩画を習ったり、似顔絵教室に通ったり、友人と一緒に少女漫画を描いて出版社のコンテストに複数回投稿したりしました。
担当医に相談の上、以前から憧れていた大型自動二輪車免許も取得。時折バイクをレンタルして出かけました。
仕事では「できない自分」を責めてばかりいましたが、好きなことをして少しずつできることが増える時間のおかげで、「自分のことを好きになれた」といいます。
「純粋に自分が楽しいと思う時間を増やすことで、日常の不安を薄めていたのかもしれません。休職中にちょっとしたチャレンジをできたことがよかったと思います」
職場に復帰したのは入社3年目の秋。通院と服薬で病気と向き合いつつ、復職した翌年から夏休みなど長期休暇にひとりで海外を旅することにしました。
大学時代に初の海外旅行でベトナムを訪れて「日本とは違う世界」に衝撃を受けた体験があり、旅も好きなことのひとつでした。
フランス、モロッコ、キューバ、イラン……。海外を旅する時間は「普段縮こまっている部分」が解放され、生きがいとなっていました。
ドイツやニュージーランドでは現地でバイクをレンタルし、各地を巡ったといいます。
「女性ひとり旅でバイクですし、リスクもあるため十分準備はします。でも、『普段の不安はどこに行った?』というくらい自由になれるんです」
「日本では何もできないと思っていた自分が、ひとりで旅に出て、現地の人と交流する。苦労してバイクで行った先には、見たかった景色がある。普段の悩みが小さく見えて、旅は心の支えでした」
30歳目前で大型バイクを購入し、北海道から九州までテントを積んで旅しました。「行動範囲が広がり、旅がより加速した」と話します。
しかし、2020年以降はコロナ禍となり、旅にも出られずに再び気持ちが落ち込んでいたという、はるかさん。
結婚や出産などライフステージが変わる友人たちが気になったり、仕事はフルリモートになって関係性が薄いまま「仕事の出来」だけを評価される恐怖が襲ったり、「この先どうやって生きていけばいいんだろう」と悩んでいました。
メンタルヘルスに興味を持って通信制の大学で心理学を学びましたが、卒業と同時に燃え尽き、大好きだった絵や漫画も描けなくなっていたといいます。
心の支えだった旅でさえも、「本当に旅が好きだったのか。『旅が好きな自分像』にとらわれているだけではないか」と疑心暗鬼になっていたそうです。
そんなとき頭に浮かんだのが、以前から憧れていたライダーの聖地・インド北部の「ラダック」でした。
「ラダックに行けば、何か変わるかも……」。2022年夏、海外渡航が復活していたこともあり、「うつの底を抜けたタイミング」で1カ月休暇をとって聖地へ向かいました。
3年半ぶりの海外旅行は、開始1週間で激しい下痢や高山病に見舞われたものの、異国の地をツーリングして「久しぶりに胸が満たされる気がした」そうです。
現地での食事、人々の暮らし、街の様子、風景、レンタルした大型バイク……。旅の様子はSNSで写真とともに発信していました。
帰国後、働きながら1年かけて旅の経験を3冊の同人誌にまとめました。「ラダックの旅はふさぎ込んでいた自分が息を吹き返す活路になりました。その楽しさや、心が動いたことを伝えたいという気持ちがあふれ出ていました」
現地では、写真と動画をたくさん撮り、スマートフォンに日記を書いて残していたそうです。
SNSで「いいね」がほしい、バズりたいといった欲求ではなく、「旅の自分なりの奮闘や自分の心が動いた瞬間を、自分のために残したいという気持ち」だったといいます。
同人誌即売会「コミティア」に出展すると、多くの人が目の前で本を手に取ってくれました。「旅を疑似体験してくださる方がいる。自分の体験を出力することで、いろんな人の手元に渡って、いろんな人が共感し、楽しんでくれている」。これまでにない充実感がありました。
その後、出版社の編集者と縁があって書籍化することに。同人誌の内容を加筆修正の上、100ページ近くを描き下ろし、2024年9月に『女ひとり、インドのヒマラヤでバイクに乗る。』(KADOKAWA)を出版しました。同人誌の制作から累計2000時間以上かけて完成したといいます。
「人生を注いで作った1冊です。自分の心が動いた旅の経験を読んで、同じく心が動く人がいるとうれしいです」
自身もうつと向き合っているという人から、共感の声や「旅を疑似体験して励みになった」といった感想も届いているといい、はるかさんは「自分だけじゃなかったんだと、とてもうれしく思います」と話します。
ラダックの旅から2年半。大きな挑戦でしたが、はるかさんはもちろん「普段の自分が急に変わる」わけではないと分かっています。
「旅は非日常の中での冒険・奮闘です。非日常ですが、現実の世界で現地の人と交流したり、のびのびと楽しんだりした思い出が支えになります」
現在も体調の波や対人不安はあるというはるかさん。「ずっと付き合っていくものなのかもしれない」と話します。
「この先、ライフスタイルの変化もあるかもしれませんし、いつまでこのような旅ができるか分かりません。でも、できる範囲で旅をして、のびのびした自分に戻れる時間を作っていきたいですし、それを発信していきたいと思います」
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