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弁護士は数十キロ先…暴風雪のなか逃げてきた女性〝司法過疎〟の現状
弁護士を頼りたくても、最寄りの事務所は〝数十キロ先〟で、トラブルを泣き寝入りするしかない――。北海道で司法の取材をしていると、そんな状況を耳にすることがあります。弁護士や司法書士などの法律家が極端に少ないという地方で暮らす人たちが直面する〝司法過疎〟という問題を考えました。(朝日新聞記者・上保晃平)
15年ほど前の、暴風雪の朝。北海道中標津町にある梅本英広弁護士(54)の事務所に、女性が駆け込んできて――。
3人の子どもを連れている。夫の暴力に耐えかね、視界や路面状況の悪い中、車で数十キロを逃げてきたということでした。
道東の中標津町には、2006年に梅本弁護士が赴任するまで弁護士はおらず、根室や釧路の弁護士がカバーしていたそうです。
実は北海道は、九州と四国の合計よりも面積が広く、国土の22%を占めています。ただ、弁護士の数は全国の2%ほどにとどまり、その4分の3は札幌地裁本庁に集中しているという現状があるのです。
記者は2024年4月から札幌で、主に裁判取材を担当しています。
そこで感じたのが、誰もが法律にまつわるトラブルに巻き込まれる可能性があるということ。交通事故や遺産相続、賃金の未払いなど、トラブルは身近にあふれています。
いざという時には、法律の専門家である弁護士が頼りになります。
しかし、7月にあった弁護士会のシンポジウムで、北海道の弁護士の事情を知って衝撃を受けました。
「国土面積の22%を占める北海道に、全国の弁護士の2%しかいません。その4分の3は札幌周辺に集中しています」
たとえば、札幌から250キロ以上離れた稚内には弁護士が2人しかいません。その2人で、奈良県とほぼ同じ面積の旭川地裁稚内支部管内をカバーしているというのです。ちなみに、奈良県弁護士会には190人が登録しています。
地方では鉄道やバスの本数が限られていますし、インターネットに不慣れな高齢者も少なくありません。法律トラブルに巻き込まれてしまったとき、すぐ近くに弁護士がいなければ、泣き寝入りするほかないということも考えられます。
なぜ、このような〝司法過疎〟が生まれているのでしょうか。
取材を続けたところ、さまざまな要因が重なっていることがわかりました。
北海道弁護士会連合会(道弁連)が同年に行ったアンケートによると、司法修習生や学生は「都市部で生活したい」「都市部より収入が少なくなりそう」といった懸念を持っているようです。
こうした事態にまったく対策がされていないわけではありません。
日本弁護士連合会は、全国の弁護士が少ない地域に「ひまわり基金法律事務所」を設置し、任期付きで弁護士を派遣。所得も保障しています。
また、道弁連は毎年、学生向けに1泊2日の無料バスツアーを企画し、弁護士として地方で働く魅力を発信しています。
私が同行した9月のツアーでは、25人の大学生・大学院生が参加。午前9時に札幌地裁前に集合し、貸し切りバスで十勝地方にある本別町を訪問しました。
学生たちは、地域住民の困りごとを親身になって解決していくやりがいや、弁護士の人手が足りていないため経済的な不安もないことを知り、安心したようでした。
ただ、〝司法過疎〟の問題は北海道だけでなく、全国でも広がりつつあります。
法曹を養成する法科大学院は地方を中心に廃止が進み、その数はこの20年で半減しています。
超難関とされた司法試験のあり方も変わり、志望者のあいだに一般企業へ就職するような感覚が広がり、「弁護士がサラリーマン化した」との声も聞きます。
また、東京の大手法律事務所が比較的早期に内定を出していることが、地方で新規登録する弁護士の減少につながっているという指摘もあります。
「地域に人がいる限り、法律をめぐる問題がなくなることは絶対にない。住む場所によって、弁護士に依頼する権利が十分に保障されないということがあってはならない」
道内で20年近く〝司法過疎〟対策に取り組み続けている弁護士の言葉が、印象に残っています。
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