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RSウイルスワクチン「打った方がいい?」迷っている間に起きたこと

昨年、販売開始になり、話題になったワクチン。接種を迷っている間に“予定外”のことが……。※画像はイメージ
昨年、販売開始になり、話題になったワクチン。接種を迷っている間に“予定外”のことが……。※画像はイメージ 出典: Getty Images

目次

2024年に国内で接種が新しく始まった、乳幼児の呼吸器感染症の原因「RSウイルス」に対するワクチン。有効性が示されていますが、接種には推奨される期間があり、また費用が3万円台で比較的、高額という特徴もあります。第二子の妊娠中、接種を迷っている間に、記者の家庭に起きた“予定外”の出来事とは? 専門家への取材を交え、このワクチンについて考えます。(朝日新聞デジタル企画報道部・朽木誠一郎)
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接種にはおすすめ期間があるが…

今秋、妻が妊娠26週を迎えた頃のことです。妊婦健診で案内されたという「RSウイルスワクチン」についての相談を受けました。

RSウイルスとは、主に乳幼児が感染する、呼吸器感染症の原因ウイルスの一つです。ここ数年は3月ごろから感染が拡大する傾向にあります。

厚生労働省によれば、発症の中心は0歳児と1歳児です。感染経路は接触感染と飛沫感染で、空気感染はしないと考えられています。

生後1歳までに半数以上が、2歳までにほぼ100%の子どもが少なくとも1度は感染するとされています。症状は発熱や鼻水といった軽いものから、肺炎と重いものまでさまざまです。

通常は感染してから2~8日の潜伏期間を経て発症、多くは軽症で自然に良くなりますがが、重くなる場合には後から咳がひどくなる、喘鳴(ぜーぜー・ひゅーひゅーする音)が出る、呼吸困難となるなどの症状が出現します。

RSウイルスに初めて感染するときには、より重症化しやすいと言われています。特に生後6カ月以内にRSウイルスに感染した場合、肺炎など重い症状になる場合があるということです。

生後1カ月未満の赤ちゃんが感染した場合は、典型的な症状以外にさまざまな症状が出るために、診断が困難な場合があり、突然死につながる無呼吸発作を起こすこともあると言います。また、気管支ぜん息などの後遺症が残る場合もあります。

日本における乳幼児への調査(※)では、2歳未満の乳幼児のうち、毎年約12万~14万人がRSウイルス感染症と診断され、その約4分の1が入院を必要とすると推定されています。2歳未満の乳幼児の入院は、基礎疾患を持たない場合も多く、生後1~2カ月時点でピークになります。

このRSウイルスには、生まれてくる子のRSウイルス感染症の予防を目的に妊婦に接種するワクチンがあります。国内では2024年1月に承認され、ファイザー株式会社が「アブリスボ」という名前で5月末から販売しています。

ワクチンを接種すると、お母さんにウイルスと戦う抗体ができて、その抗体が胎盤を経由してお腹の中の赤ちゃんに移行する、という免疫獲得の仕組みです。赤ちゃんは生後すぐは免疫系が未熟なため、お母さんの抗体をもらうことで、病気にかかりにくくなります。

日本やアメリカなど18カ国の妊婦7千人超を対象に実施した治験の結果では、発症を予防する効果は生後3カ月以内で57.1%(重症になることを予防する効果は81.8%)、半年以内で51.3%(同69.4%)でした。

ただし、接種する場合には注意点もあります。まずは、臨床試験においてワクチンの有効性が検証されているのは生後6カ月までであること。

そして、お母さんが接種した後、14日以内に生まれた赤ちゃんにおける有効性は確立していないことです。14日以内に生まれた場合、赤ちゃんへのお母さんからの抗体の移行が不十分である可能性があるためです。

そのため、ファイザー社はこのワクチンについて、妊娠24~36週の妊婦への接種が認められている一方、臨床試験において妊娠28~36週に接種した場合の有効率がより高い傾向にあったことから、「妊娠28~36週の間に接種することが望ましい」としています。

我が家の場合は、この接種のおすすめ期間が、後に思わぬ形でネックになりました。

※Kobayashi Y, Togo K, Agosti Y, et al.Epidemiology of respiratory syncytial virus in Japan: A nationwide claims database analysis Pediatr Int. 2022 Jan;64(1):e14957.
 

迷っている間に“予定外”の出産

このワクチンは小児についてはインフルエンザワクチンや新型コロナワクチンなどと同様に任意接種(定期接種の対象外の予防接種を本人や保護者の希望で受けること)です。

接種の副反応は、ファイザー社によれば、重篤なものでは「ショックやアナフィラキシー(いずれも頻度不明)」。

その他、注射部位の疼痛(40.6%)、頭痛(31.0%)、筋肉痛(26.5%)などがあり、多くが軽度から中等度の副反応で、発現から2~3日で消失した、ということです。これは一般的なワクチンと大きく変わりません。

もう一つ、気になるのは費用です。任意接種の場合、おたふくかぜワクチンのように自治体などの公費補助がなければ自費となるため、現在、補助のないアブリスボの接種費用はおおむね3万円台です。この金額は医療機関によるため、3万円台後半のところもあります。

「年に乳幼児全体のおよそ5%がかかり、その4分の1が入院など重症化する」感染症に対して、「生後半年までにかかるのを半分以上、より重いものは7割以上予防する」ことができる、1回3万円台の費用の予防接種。これをするかどうかというのは、親にとって、新しい選択肢が増えたがゆえの悩みになりました。

我が家では、夫婦で話し合い、「生まれてくる赤ちゃんに対してできることはなるべくしたい」という結論に。すべての医療機関で接種できるわけではなく、出産予定の医療機関では接種できなかったため、妊婦の妻も受診しやすい場所にあるクリニックを探し始めました。

見つかったものの、接種できる曜日が限られていたり、医療従事者をしている妻の仕事となかなか休みが合わなかったりと、ここで少し時間が経ってしまいました。

さらに年末年始による医療機関の休診も重なり、それでもなんとか予約が取れて、接種予定は34、5週あたりに。しかし、ここで予想外の事態が発生しました。

妻が切迫早産(妊娠37週未満で出産する=早産になる危険性が高い状態)となり、まさに接種予定の時期に、緊急入院となったのです。

そのため、接種はキャンセル。予断を許さない状況の中、保育園に通う上の子を私がしばらくワンオペでみることになり、このワクチンへの対応は後回しに。

入院して絶対安静を続け、妻は無事出産しました。そのため、結局このワクチンの接種はできませんでした。やや小さく生まれた子どももそれ以外は元気。ひと安心しつつも、やはり妊娠・出産は命懸けのものだという思いを新たにしました。

しかし、話はここで終わりません。母子共に退院してほどなく、上の子がかぜを引きました。その後、生まれたばかりの下の子が38度の発熱。早産だったこともあり、大事をとって入院になってしまったのです。

検査の結果、原因はRSウイルスや新型コロナ、インフルエンザなどではないということでしたが、「何かあったときに手遅れにならないように」と下の子はそれから3日間、退院したばかりの病院でまた入院生活を送りました。

今回はRSウイルス他、原因のはっきりした病気ではなかったという診断であり、乳幼児のかぜの原因になる病原体は他にも多数あるため、これらのワクチンを接種していても予防できなかった可能性もあると思われます。

ただ、生まれたばかりの赤ちゃんが入院になるとどうなるかは身にしみてわかりました。何よりまず、この世界に出てきたばかりの小さな命が、とても心配になるということ。

そして、小さい上の子がいる状態で、出産直後の妻と、赤ちゃんの入院に対応するため、付き添い一つとっても誰が行くか、その間、かぜ症状で登園できない上の子の子守りをどうするかなど、調整はとても大変でした。
 

接種を担当する専門家の意見は?

実際に接種を担当する専門家は、このワクチンに対してどのような意見なのでしょうか。聖路加国際病院女性総合診療部特別顧問で産婦人科医の山中美智子さんに話を聞きました。

同院ではアブリスボの国内接種開始から、300人以上の妊婦に接種をしてきました。同院で出産予定の妊婦は、26週になるタイミングで全員が、RSウイルス感染症やそのワクチンについてメッセージアプリや配布の資料経由で情報提供を受けるそうです。

接種を希望するのは「そのうち4割弱」。ただし、妊婦健診を近隣のクリニックで受ける妊婦もいるので、上乗せになる可能性はあります。接種を迷う妊婦から相談されたときは「『赤ちゃんのことを考えたら、打っておく方がいいのではないでしょうか』とお伝えしますが、強制はしません」と山中さんは話します。

「やはり赤ちゃんが入院になってしまうと、もちろん赤ちゃんが大変なのですが、『親が24時間付き添いになる』といった場合もありますし、お母さん、お父さんの生活も大変なことになってしまいます。そうしたことを避けられる、というメリットもあると思います」

300人以上に接種し、山中さんは「今のところ接種による医療的な対応を要する有害事象は発生していません」と説明します。「他に何かデメリットがあるとしたら?」と尋ねると「費用が比較的、高額であることは挙げられると思います」という返事が。

「これに関しては、よりワクチンが普及するために、公費による補助が望ましいと考えています。そのために、ワクチンの安全性と有効性の検証を、さらに進めていく必要があります」

接種を検討する妊婦に伝えたいこととして「接種から2週間経過しないと、赤ちゃんに抗体が移行しない、というのは大事」だと言います。

「接種の目安の35、6週のギリギリで接種するとなると、どうしてもそこから14日経過せずに生まれてしまう、という場合があります。私の方で取っているデータですと、11月までに接種した280人中、35週接種の28人中6人、36週接種の22人中2人は、14日経過せずに出産となっています」

そのため、同院では「34週くらいまでに打っておく方がいいかなというニュアンスでお伝えしている」ほか、早産が危惧されるようなケースでは、早めの案内をするようにしている、ということでした。

一連の経験を踏まえ、私としては、「赤ちゃんのためにできることはやってあげたかった」という気持ちになりました。

また、下の子の入院の際、仕事などを休む調整も大変だったこと、そして、これがこの先、半年は繰り返されるおそれがあることを考えると、一定の割合で予防できるワクチンは、親にとって助かるものです。

その際、やはり何らかの補助があると、我が家の判断はより速やかになったのでは、と感じています。こうした補助により、他のご家庭でも、接種を希望する場合の判断がしやすくなり、結果としてワクチンが行き届きやすくなる、とも考えられます。

昨年のワクチン発売以降、妊婦健診などで説明される機会が増えているであろう、RSウイルス感染症。気になる場合、ワクチン接種の判断に迷う場合は、早めに主治医に相談するということも、大事なことだと思いました。

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