連載
女性が倒れた…イオンで遊んでいた中学生たちはAEDを取りに走った
授業で「当たり前」になった〝救命〟
連載
授業で「当たり前」になった〝救命〟
イオンで友達と遊んでいたら、近くで女性が倒れた……。そのとき、中学生9人はとっさに自分たちのできる最善の行動に出たそうです。なぜそんなことができたのでしょうか。理由を取材しました。
2023年12月上旬の日曜日のお昼過ぎ。さいたま市立日進中学校=さいたま市北区=の生徒ら9人が、学校近くのイオン大宮店で遊んでいたところ、駐輪場で幼い娘を連れた40代の女性が倒れました。
近くにいた当時1年生の小野寺龍覇(りゅうは)さんが気づき、119番通報。そばに駆け寄って「大丈夫ですか?」と声をかけたそうです。
すぐに生徒たちはイオンの従業員に人が倒れたことを伝え、同時にAED(自動体外式除細動器)も探しました。館内にAEDは設置されていますが、とっさのことで焦りもあって場所が分からず、すぐに見つけられませんでした。
そんななか、同じく当時1年生の日越晴志朗(せいしろう)さん、神﨑瑛介さん、若松勇雅(ゆうが)さんの3人が、約250m離れた同校までAEDを取りに走ったそうです。校門前には、10月下旬に24時間使えるAEDが設置されたばかりでした。
イオンの従業員が運ばれてきたAEDを受け取り、女性に電極パッドを貼りました。電気ショックが必要かどうかはAEDが自動で判断してくれます。
測定の結果、今回は電気ショックが不要と判断されました。女性は救急搬送され、一命を取り留めたといいます。
なぜ、中学生の子どもたちがこのような行動を即座に取ることができたのでしょうか。そこには理由がありました。
さいたま市では2011年9月、当時、市立日進小学校6年の桐田明日香さんが学校で駅伝の練習中に倒れ、亡くなる事故が起きました。
教師らが保健室に運びましたが、呼吸や意識があると判断し、胸骨圧迫などの心肺蘇生はしていなかったといいます。保健室にあったAEDも使われませんでした。
1年後、事故を教訓に体育活動時の事故対応テキスト、通称「ASUKAモデル」が作られました。
人が倒れたとき、意識や呼吸があるか分からない場合はすぐに119番通報をして胸骨圧迫を始め、AEDを使うことなどが盛り込まれています。
2012年度からは市立中学1年生の授業でAEDの使い方を含む心肺蘇生法が教えられるようになり、2014年度からは市内の全ての小学校でも救命教育が始まりました。
小学5、6年生で基礎、中学1年生で実技を学びます。3年間の学習を終えると、普通救命講習の修了証をもらえるそうです。救命教育は中学・高校の学習指導要領にも盛り込まれています。
日進小・中は、2022年に独自の取り組みとして小学6年生と中学2年生の合同授業を始めました。
小学生は中学生の行動やアドバイスから学び、中学生はこれまで得てきた知識を小学生に伝えることで、より理解を深められます。
2023年度には、さいたま市立中学58校すべての正門付近に、新たに24時間誰でも使えるAEDが設置されました。
さいたま市教育委員会によると、以前から学校のAEDを地域の住民にも使ってもらいたいと考えていたそうです。市内の企業からAEDと収納ボックスが寄贈されたことで実現しました。
これまでに正門付近のAEDが持ち出されたケースは2件あり、そのうち1件は日進中の生徒たちが関わったケースでした。
イオン大宮店での救命活動に携わった小野寺さんは日進小の出身で、現在は日進中の2年生です。自身が6年生のときには、合同授業の〝1期生〟として中学2年生から心肺蘇生法を教わる立場でした。
当時はまだ命を救うことへの意識はぼんやりとしていましたが、段階的に授業で習ったり、実際に人助けに関わったりしたことで、市民が救命に携わる大切さを実感したといいます。
すぐに119番通報できたのは、「学んできたことをパッと思い出したから」。
救命活動に関わった前月に心肺蘇生法の授業を受けたばかりだったこともあり、ほかの生徒もおのおのが判断して動けたそうです。
「助けが必要な状況ですぐに体が動くのはあたり前なんです。今後もこういう授業が続いていってほしいと思います」
AEDを取りに走った日越さんは、「本当にAEDが必要なのかなという不安もありましたが、体育の授業で『必要か必要でないか関係なく、まずAEDを使う』と先生に教えてもらっていたので、急いで取りに行きました」と話します。
神﨑さんは、「一刻も早く助けたいし、無我夢中でした。そばには小さな子どもがいて心配だったので、すぐに応援も呼びました」と振り返りました。
心臓が止まっていた場合、AEDによる電気ショックが1分遅れるごとに救命率は約10%ずつ低下します。AEDはパッドを貼ると自動で心電図を測定・解析し、ショックが必要かどうかを判断してくれるため、まずはAEDを用意することが重要です。
事故から数カ月後、助かった女性から学校にお礼の電話があったことで無事を知った生徒たち。みんな「ほっとしました」と話していました。
市立中の校門前のAED設置は、日進中が第1号でした。生徒には全校集会や校内放送、授業、学校だよりで周知していたそうです。
実際に日進小・中を訪ね、心肺蘇生の合同授業を取材しました。
「AED、自分で取りにいけますか?」「胸の真ん中ってどこ?」「中学生、アドバイスできたらしてあげてね」
2024年12月中旬、日進中に日進小の6年生約140人が訪れ、中学2年生約110人と一緒に講師の説明に耳を傾けました。
小中学生は6人前後のグループに分かれ、胸骨圧迫やAEDを実践。中学生が小学生をリードし、次の手順で人形を相手に心肺蘇生をしました。
(1)周囲の安全を確認して人形に近づく
(2)「大丈夫ですか?」と人形の肩をたたいて意識を確認
(3)意識がない、分からない場合は助けを呼ぶ
(4)応援が来たら、「あなたはAED、あなたは119番通報をお願いします」などと役割分担
(5)1分間に100~120回のテンポで胸骨圧迫をする
(6)講習用のAEDが届いたら電極パッドを貼り、電気ショックが必要と判断されたらボタンを押す
小学生も中学生と交代して胸骨圧迫に挑戦します。胸を押す様子はタブレットで撮影され、動画を見直してやり方を確認していました。
講師として登壇した元さいたま市健康教育課の職員で、小中学校の救命講習導入に携わった加藤郁夫さんは、「『救命の心』は他人の命を大切にすることと、自分の命を大切にすること。あなたの命が、人を救います」と伝えていました。
授業の終わりには、日進中代表の女子生徒が「実際、目の前で倒れている人に遭遇するかもしれません。落ち着いて冷静に判断できるよう、今日学んだことを覚えておきましょう。いざ助ける際に性別や年齢は関係ありません。大切な命のために、自ら行動しましょう」と呼びかけました。
日進中は、桐田明日香さんが進学する予定の学校でした。同校の小熊誠校長は、「日進小・中はAED教育の一丁目一番地。ここから小中学生が一緒に心肺蘇生法を学ぶ発信をしていきたいと思っています」と話します。
「生徒たちも、人命救助は『特別なことではない』という意識で取り組んでいます。小学校からずっとやってきて、日常のひとつになっていることが素晴らしいです」
1/14枚