ネットの話題
「誇りに思う」〝巨大ゴジラ絵〟独チームが佐賀のダムに描いた理由
三ツ木勝巳 朝日新聞記者
共同編集記者
木立の向こうに迫る、超巨大な〝ゴジラ〟がSNSで話題になっています。実は、高さ60メートル、幅200メートルというダムの壁面を使ったアート。ドイツの高圧洗浄機を販売する会社に、「ダムにゴジラを描いて」という奇抜な〝依頼〟をしたのは佐賀県です。「魅力度ランキング」下位の常連の汚名を返上できるのか。県のプロジェクトを取材しました。（朝日新聞佐賀総局記者・三ッ木勝巳、岡田将平）
初代ゴジラの〝実物大〟の迫力
九州北部の名湯「嬉野温泉」の中心部から車で7分ほど。佐賀県嬉野市にある岩屋川内ダムで11月15日、ゴジラのダムアートの制作風景を公開する制作披露会が開催されました。
ダム下流の谷川沿いの道を披露会の現地に向かって歩いて進むと木々の間の視界が開けた先に、ダムの壁面いっぱいに描かれた巨大なゴジラが目に飛び込んできました。まだ制作中でしたが、ビルの建つ街をのし歩き、口からは独特の雄叫びが聞こえるかのよう、今にも熱線を放射しそうな姿です。
堤高59.5メートル、堤頂幅192メートルのダム壁面を巨大な〝キャンバス〟にみたてて描かれたゴジラ。その大きさは、身長50メートルとも言われる、初代ゴジラの〝実物大〟といっても過言でなく、歯など細部まで描かれた迫力に圧倒されます。
長崎県佐世保市から見に来たゴジラファンの30代の夫婦は「迫力がある。見応えがある」と口をそろえました。
「ゴジラは好きですか」
名付けて「ゴジラin佐賀ダムアートプロジェクト」。準備作業を含めて約1カ月をかけて制作され、11月22日に完成しました。制作にあたったのは、清掃機器最大手「ケルヒャー」のドイツ本社から派遣された7人の精鋭チーム。
ダム壁面を巨大な〝キャンバス〟にみたてて、〝筆〟となる高圧洗浄機を使って、50年分のコケや土などの汚れを落とした部分と、未洗浄部分の対比で、ゴジラやビルを浮かび上がらせました。
チームは、同様の手法で、世界各地でダムアートなどを手がけてきました。
ケルヒャーのチームリーダーのニック・へイデンさんは、クリーニングプロジェクト（高圧洗浄）を10年間担当してきたスペシャリスト。その腕でダムにアートを施しました。「制作披露会」では地元の小学生から「ゴジラは好きですか」と問われ、「もちろん好きです。世界的に有名なゴジラの70周年のタイミングでダムアートに関わることができ、とても誇りに思います」と答えていました。
今回のプロジェクトの特徴を聞くと、「ゴジラは絵柄が非常に細かく、これまでで最も難しいプロジェクト。一回汚れを取ると、元には戻せない。そこを注意深くやることに1番気を使った」と述べました。
ダムアートでは、下書きの輪郭を描く際のしるしとなるポイントを付けます。今回のゴジラの場合は約2400カ所に上ったそうです。通常は約500カ所ほどだけに、作業の精緻さが分かります。
「世界に発信できる」
今回のプロジェクトは、1974年に佐賀県南西部を流れる塩田川水系で初めて作られた岩屋川内ダムが、50周年の節目を迎えることが発端です。50周年のPR企画を模索していた県土企画課主査の田中俊匡さん（33）が、ケルヒャーが世界的に展開しているダムアートプロジェクトを知って「これだ」と確信し、電話で連絡を取ったことからゴジラのダムアートは実現しました。
ちょうど田中さんがダムアートを考えていた時に、企業やブランドなどとコラボし、首都圏などに佐賀をPRする「サガプライズ！」という事業の一環で、ゴジラとのコラボ企画への協力要請が県庁内で各部署に流れました。
田中さんは「ゴジラとダムのコラボなら世界に発信できるイベントになる」と考え、「サガプライズ！」担当で県政策部の三島智子プロジェクトリーダーとともに、日本法人の「ケルヒャージャパン」に働きかけたといいます。
なぜゴジラか。佐賀の地図を左に90度傾けると、理由が見えてきます。
県東部は頭のように突き出ていて、筑後川沿いのぎざぎざした福岡との県境はまるで背中のひれのよう。有明海沿いの南西部はしっぽに見えます。
佐賀県の形は「ゴジラ」と「ほぼ同じ」――。そんな縁で、10月30日、県がゴジラを「佐賀県かたち観光大使」に任命しました。ダムアートは、大使・ゴジラの「公務」の一つです。
「パッションを感じた」
通常ケルヒャー側には、1年程度前からの準備が必要です。でも、田中さんから連絡を受けたのは7月になってから。しかも11月末までに完成してほしいという。完成には約1カ月かかり、コストの問題もありました。
日本法人の大前勝己社長は「一度はお断りさせていただいた」と振り返ります。だが、諦めず、何度も何度もチャレンジする熱意が社長を動かしました。「企業理念にもある『パッション、情熱を』をすごく感じた。それに応えよう」と、ドイツ本社と連絡をとり、プロジェクトがスタートしました。
ケルヒャーが、日本でダムアートを手がけるのは、巨大な花を描いた栃木県足利市の松田川ダムに次ぐ2例目です。
佐賀県によると、ダムアートは雨風によって、自然と消えていくものですが、2、3カ月の間は、克明なゴジラのダムアートが楽しめるといいます。
「サガプライズ！」の三島プロジェクトリーダーは「大迫力のゴジラが新しい観光の魅力となって、たくさんの方が佐賀にきていただくきっかけになればうれしい」。田中主査は「ダムを知ってもらうまたとない機会。ダムマニアやゴジラファンだけでなく、一般の方にも、ぜひ生でこの迫力を見ていただければと思っています」と話しています。
〝広告効果〟目標を大きく上回る
ゴジラの「公務」はほかに五つあります。佐賀市の県庁の展望ホールには、建物をのぞきこむゴジラのシートが登場。ダムを含め県内各地をめぐるデジタルスタンプラリーも催されています。一連の企画のタイトルは「ゴジラ対佐賀」。「対」は「たい」ではなく、「つい」と読ませます。
ゴジラと佐賀県の形が似ている、との指摘は以前からSNSなどで書き込みがあったようです。2024年夏、広告会社から県に企画提案があると、県職員たちも「本当だ！」と驚いたそうです。
都道府県魅力度ランキングで下位の常連で、2024年も最下位に沈んだ佐賀県ですが、実は近年、佐賀のファンを増やすために、ゲームやアニメを中心にコラボを持ちかけて成功させてきています。
たとえば人気ゲーム「スプラトゥーン」やアニメ「ユーリ!!!onICE」など。
県は、こうしたコラボを佐賀のファンを増やすための「きっかけ作り」と位置づけます。コラボにより佐賀と接点がなかった人たちが佐賀の観光地や県産品に触れる機会を設ける狙いがあります。
県は、一つ一つのコラボについて「広告換算効果」を試算していますが、ゴジラ以前の39件で、事業費17億円に対して197億円の広告換算効果があったとしています。「1本あたり3億円」という目標を大きく上回っています。
県は「佐賀県のポジティブな情報を全国に発信できた」とさらなる展開に意欲を見せています。
「誇りに思う」〝巨大ゴジラ絵〟独チームが佐賀のダムに描いた理由
1/11枚
