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〝折り紙〟なのに「ぜんぜん折れてない」美術家が平面に立体描く理由

ギャラリーに展示される「Kami」シリーズ。SNSには「どう見ても折り紙」「なのにぜんぜん折れてない」と驚く感想が寄せられた。(画像提供:吉野ももさん、撮影:木暮伸也さん)
ギャラリーに展示される「Kami」シリーズ。SNSには「どう見ても折り紙」「なのにぜんぜん折れてない」と驚く感想が寄せられた。(画像提供:吉野ももさん、撮影:木暮伸也さん) 出典: Momo YOSHINO

目次

平面に奥行きや凹凸・影を描く手法で、アート愛好者にとどまらず、多くの人に注目されているアーティスト・吉野ももさん。どう見ても折り紙なのに「ぜんぜん折れてない」とSNSで驚かれる「Kami」シリーズのように、なぜ作品に視覚的なしかけを施すのでしょうか。現代美術家としての制作のこれまでや、思いを取材しました。(朝日新聞デジタル企画報道部・朽木誠一郎)
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「絵画を拡張」する“しかけ”

高崎にある雑居ビルに描かれた壁画が、9月にX(旧Twitter)で大きな注目を集めました。作品を見かけた人が、写真を撮影して投稿。「これ平面なんだ」「吸い込まれそう」などの感想が寄せられ、1.5万いいねを集め、600万回以上表示されました。
Enlighten a city through History、2020、アートプロジェクト高崎にて制作(画像提供:吉野ももさん、撮影:木暮伸也さん)
Enlighten a city through History、2020、アートプロジェクト高崎にて制作(画像提供:吉野ももさん、撮影:木暮伸也さん)
この壁画は「アートプロジェクト高崎2020」のために制作された「Enlighten a city through History」という作品。作者は現代美術家の吉野ももさんで、平面に奥行きや凹凸、影を描くなど、視覚的なしかけを施す作品で注目される、気鋭のアーティストです。

吉野さんは1988年、東京都生まれ。2012年に多摩美術大学油画専攻を卒業し、14年にロイヤルアカデミースクール(イギリス)での交換留学を経て、翌年東京藝術大学大学院油画専攻修士課程を修了しています。
平面に奥行きや凹凸、影を描くなど、視覚的なしかけを施す手法に行き着いたきっかけは、美大入学以前のことだったそうです。

「大学に入る前、私は1年浪人しているのですが、美大受験のための予備校に通っているときに、何を描いてもあまり上手くいかないという、すごく調子が悪くなってしまった時期があったんです。そんな中、予備校の課題で『リンゴを1つ渡されて自由に発想して描く』というものがあって。

描写は好きだったのですが、ただ絵を上手く描くだけなら上手い人がたくさんいるし、それで勝ち残れる自信まではないというか、なかなか厳しい道だな、と。ただ描くだけでは面白みを出すことは難しいと思ったときに、何か1つしかけを入れることでそれができるんじゃないか、と考えたのが最初でした」
美術予備校時代の課題で描いたリンゴの作品。(画像提供:吉野ももさん)
美術予備校時代の課題で描いたリンゴの作品。(画像提供:吉野ももさん)
そのときに吉野さんが描いたのが「リンゴの皮を剥いていくと、もう1つのリンゴにつながる」という作品。この作品で「スランプを脱出した」という吉野さんは、美大入学後、「絵画を拡張したい」と考えるようになったと言います。
 
多摩美術大学時代に制作した「追憶」という作品。(画像提供:吉野ももさん)
多摩美術大学時代に制作した「追憶」という作品。(画像提供:吉野ももさん)
「例えば、美大1年生のときに描いた『追憶』という作品は、夢に出てくる穴みたいなイメージです。最初は思いつきだったんですが、この穴を壁に描くことによって絵画を拡張したいと思って制作しました。

奥行きを描くことで、穴自体はもちろん、穴がある周りの壁も、同時に作品になり、それはこの絵が外側に拡がっていると言えるんじゃないか、と考えました。さらには絵は展示空間全体にも広がって、観る人をも巻き込めるのではないかと。

作品と周囲の環境に関係性を生じさせることで、観る人も含めて作品になる。絵画として描くのは単なる二次元の枠の中だけなんだけれども、絵画をいろいろな形にしたり、それをいろいろな場所に展開したりすることによって、空間ごと作品にできるのでは、と考えました」

壁画のように大きな作品を描く理由を、吉野さんは「大きくなればなるほど、観る人が身体感覚をより伴うと思ったから」と説明します。

こうした手法を発展させ、中国・成都の美術館Luxelakes A4 Art Museumのアーティスト・イン・レジデンス(アーティストが現地にしばらく滞在して制作すること)では、大きな壁画以外にも、街のコンクリートの塀の隅に穴に見える絵を描くといった制作活動をしたと言います。

「通りかかった現地の人が、作品に気づいて二度見していたので、上手くいった、と思いました。絵は、壁の真ん中に展示するのが普通ですが、端の方にも何か作品があってもいいのではないかと思って。普段は気にも留めない場所に目を向けるように、さりげない場所に仕込むのも、面白みがあるんじゃないかな、と」
Beyond Portals、2019、中国・成都のLuxelakes A4 Art Museum アーティスト・イン・レジデンスにて制作(画像提供:吉野ももさん)
Beyond Portals、2019、中国・成都のLuxelakes A4 Art Museum アーティスト・イン・レジデンスにて制作(画像提供:吉野ももさん)
Sukima Around Town (Oulu Bridge)、2019、中国・成都のLuxelakes A4 Art Museum アーティスト・イン・レジデンスにて制作(画像提供:吉野ももさん)
Sukima Around Town (Oulu Bridge)、2019、中国・成都のLuxelakes A4 Art Museum アーティスト・イン・レジデンスにて制作(画像提供:吉野ももさん)

折り紙モチーフの日本的な柔軟性

吉野さんの作品群には、もう一つのシリーズがあります。それが、変形パネル(さまざまな形にカットしたパネル板)に描く、折り紙をモチーフにした「Kami」シリーズです。
「折り紙をモチーフにしたシリーズは2014年から始めています。これは、まず折り紙を実際に折り、形を決めた後に、その形の変形パネルを作って、その上に立体に見えるように描いていきます。横から見ると壁からは少し浮いて見えますが、表面は平らです。

紙がモチーフなので、横から見ても薄く見えるように、パネルの端は斜め45度ぐらいにカットしてあります。展示をすると『どうなっているの?』と横から覗き込む方も多く、そうするとパネルに描かれた絵だと気づくようです」

折り紙をモチーフに選んだのは、大きな作品を手がけてきたこれまでの制作に「若干の行き詰まりがあったから」。「これ以上の展開を求めると、どんどん大きくするしかない」と、限界を感じたのだそうです。

悩んだ当時、大学院生だった吉野さん。大学の交換プログラムでイギリスのロンドンに短期留学に行き、街並みに「日本との違いを感じました」と話します。

「素材がレンガや石といった、すごく固いものでできていて、がっしり、ドーンとしている。デザインもシンメトリー。一方、日本は地震も多いから、その上に建つ街並みには空間的な柔軟性があると思いました」と吉野さん。

「文化も同じで、例えば海外ではベッドルーム、リビングルームと分けていく国もあるのに対して、日本は同じ部屋に布団を敷いて寝室、ちゃぶ台を置いて居間にするという違いがある。サイズが決まっている洋服と、ある程度、サイズを許容できる着物も違うなと思いました」

この「日本的な柔軟性」を表現できるのが、1枚の紙を折りたたんで鶴や花といった立体を生み出せる、折り紙というモチーフだと考えた吉野さん。「穴」のようなモチーフはどうしても画面が暗くなるため、折り紙ならさまざまな色を使えるという利点もあります。展覧会では「Kami」は大人だけでなく、子どもにも人気のシリーズになっています。

制作の背景について話を聞くと、非常に論理的に答えてくれる吉野さん。そう伝えると「感覚的に制作するアーティストの方もいらっしゃると思いますが、私は逆にそれが得意ではないので、そうですね、ある意味で計算をして描いてきました」と振り返ります。

「現代美術ってわかりにくい、というイメージが私自身にもあったので、比較的、誰にでも親しみやすく、わかりやすい方向にしたいという意図が、初期のころからあったと思います。

2月にある個展は、現在鋭意制作中の、『Kami』シリーズの新作を中心とした展覧会になる予定です。ぜひ多くの人に観にきていただけたら」

【吉野もも「Breathing Breeze」】
2025年2月5日(水)~17日(月)営業時間10時~19時[最終日17時終了]
日本橋三越本店 本館6階 コンテンポラリーギャラリー
TEL 03-3241-3311(大代表)

【吉野ももさんインタビュー】

「これ平面なんだ」「吸い込まれそう」SNSで注目の壁画 作品に込めた〝しかけ〟で「絵画を拡張したい」
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