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脳にダメージ「コロナ後遺症」なぜ?ロング・コビット研究〝現在地〟

新型コロナウイルスの感染者が全国的に増加しているが……。※画像はイメージ
新型コロナウイルスの感染者が全国的に増加しているが……。※画像はイメージ 出典: Getty Images

目次

今年の冬も感染が拡大するおそれのある新型コロナウイルス。感染の経験者からは「記憶や注意力に障害が残った」といった、いわゆるコロナ後遺症を訴える声も聞かれます。コロナ後遺症については、今、どんなことがわかっているのでしょうか。コロナ後遺症に関する厚生労働省の診療の手引きの編集委員会メンバーでもある岐阜大学教授(脳神経内科)の下畑享良(たかよし)さんに話を聞きました。(朝日新聞デジタル企画報道部・朽木誠一郎)
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20代でピーク、働き盛りや女性に

新型コロナウイルス感染症について、厚生労働省が「いまだ不明な点が多いですが、一部の方で長引く症状があることがわかってきました」として警戒を呼びかけるのが、「罹患(りかん)後症状」いわゆる後遺症です。

「ロング・コビット」と総称され、WHOは「新型コロナウイルス感染の可能性が高い、または確定した既往歴のある人が、発症から通常3カ月後に、少なくとも2カ月間持続する症状を持ち、他の診断では説明できない場合に生じる」と定義しています。

岐阜大学教授(脳神経内科)の下畑享良さんは、複数の研究結果から、ロング・コビットの特徴を「20代にピークがあり、働き盛りにかけて多く、女性に多い」と説明します。

10カ国で100万件以上の医療記録データなどを基に進行中の研究(※1)によれば、ロング・コビットは主に「呼吸障害(60.4%)」「疲労(51.0%)」、さらに記憶力や注意力が衰える「認知障害(35.4%)」に分類されるということです。

また、ロング・コビットを発症しやすく、回復しにくい要因には「(新型コロナ以外の)過去の病気の既往歴」や「新型コロナ感染の急性期が重症だったこと」、「新型コロナワクチン未接種や接種不十分であったこと」などに加え「再感染」があり、「再感染の度に発症リスクが増加する」と説明します。
 

「20年分の認知機能低下」研究も

ロング・コビットの症状のうち、近年注目されているのが、「認知障害」です。下畑さんは「現在までに、新型コロナウイルスの感染後に『認知機能障害やアルツハイマー病のリスクが上がる』という報告が、海外で相次いでいる」と指摘します。

このうち、米医学誌のNature Medicineに2022年9月に掲載された、コロナ感染した約15万人を含むアメリカの退役軍人のデータを基にした大規模研究(※2)では、感染後のアルツハイマー病のリスクが高まっていたことがわかり、注目されました。

感染した人が1年後にアルツハイマー病になるリスクは、感染していない人の2.03倍で、記憶障害は1.77倍だったということです。また、信頼性の高い複数の研究から、こうしたリスクは長期間にわたり継続することも示唆されています。

「『感染群の認知機能は非感染群より3年間のすべて時点で低下する』ことを示す研究(※3)や、『入院を要した患者の認知機能低下は20年分に相当し、急性期から1年後も脳損傷が持続している』ことを示す研究(※4)もあります。

アルツハイマーのような認知症を来しやすい患者は高齢者ですが、ロング・コビットの認知機能障害は小児期と青年期でも認められ、特に小児で記憶力や集中力の障害が多いことを示す研究(※5)もあります」

こうした研究を背景に、下畑さんは「新型コロナは脳にも影響を与えると知ってほしい」と注意喚起します。
 

脳に直接感染、腸に数カ月ひそむ

なぜ新型コロナは脳にも影響を与えるのでしょうか。下畑さんは「明確にはわかっていない」とした上で、可能性があるものとして、いくつかのメカニズムを挙げます。

まずは、脳への新型コロナウイルスの直接感染と、特徴的なスパイク蛋白による神経への障害です。新型コロナウイルスは嗅覚神経や頭蓋骨の骨髄など少なくとも4つのルートで脳に直接感染し、このとき、ウイルスの成分の「スパイク蛋白」により神経細胞にダメージが生じます。

そして、軽症でも、肺などの呼吸器への感染により起きる炎症反応によって放出されるサイトカインという物質が、脳の細胞にも影響してしまい、脳神経同士のつながりや神経伝達を阻んだり、新しく神経ができるのを妨げたりしてしまいます。

他にも、ウイルスが脳細胞を融合させ、正常に機能しない巨大細胞にして元に戻れなくさせたり、認知に関わる重要な神経細胞に感染して、その細胞を死なせたりするなどのメカニズムが今のところ考えられている、ということでした。

後遺症全体としては、6つの病気の状態が関わるとみられています。下畑さんによれば、このうちもっとも重要だと考えられるのが「持続感染」です。

PCRなどの検査で陰性になっても、体内の臓器にウイルスがひそんでいて、新たなウイルスが複製されてしまいます。血液から最長14カ月におよびウイルスの一部が検出されたり、腸の組織が数カ月間ウイルスを保持したりした報告があるそうです。

残る病気の状態には、「潜伏していた他のウイルスの再活性化」「腸管内に生息し免疫に関与するとされる細菌の集団=腸内細菌叢(そう)への影響」「免疫が自分の体を攻撃してしまう自己免疫」「ウイルスが異常な血栓(血のかたまり)を形成する微小血栓形成」、そして前述したような「ウイルスが直接感染することによる脳や神経の機能障害」などがあります。
 

女性と男性、反応の違いはなぜ?

また、女性の方がロング・コビットやワクチンの副反応が起きやすく、男性の方が新型コロナウイルス感染による死亡率が高いことには、近年、性ホルモンが関与しているという見方があるといいます。

男性ホルモンと呼ばれるテストステロンは、ウイルスの制御にも関わるとみられています。テストステロンが高い男性では、ウイルスの制御が抑えられ、炎症物質が発生しやすく、炎症物質が急激に大量発生すると、全身に影響して死亡リスクが高まります。

女性はテストステロンが低いため、ウイルスの制御が促され、死亡に至りにくいものの、その分、慢性的な炎症や、持続的な免疫反応が引き起こされやすく、ロング・コビットについては症状が重く、多臓器にわたる影響が出やすい、と考えられているそうです。

下畑さんは「ロング・コビットの症状は症例ごとにさまざまで、なかなか治療薬が開発されない原因になっている可能性がある」と指摘します。

「感染直後に抗ウイルス薬を飲むと、飲んでない人と比べて後遺症になるリスクが下がるという報告があります。また、アメリカでは、抗ウイルス薬を飲むことで、持続感染するウイルスを取り除く効果をみる臨床試験も進行中です」

ただし、現時点では、発症してしまうと、有効な治療が確立されていません。下畑さんは「そのため、感染予防やワクチン接種によって新型コロナウイルスから体、特に脳を守ることが重要であることを、ぜひより多くの人に知ってもらえればと思います」と話しています。

※1. Estimated Global Proportions of Individuals With Persistent Fatigue, Cognitive, and Respiratory Symptom Clusters Following Symptomatic COVID-19 in 2020 and 2021 - JAMA. 2022 Oct 25;328(16):1604-1615.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36215063/
※2. Long-term neurologic outcomes of COVID-19 - Nat Med. 2022 Nov;28(11):2406-2415.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36138154/
※3. Prospective Memory Assessment before and after Covid-19 - N Engl J Med. 2024 Feb 29;390(9):863-865.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38416436/
※4. Posthospitalization COVID-19 cognitive deficits at 1 year are global and associated with elevated brain injury markers and gray matter volume reduction - Nat Med. 2024 Sep 23. doi: 10.1038/s41591-024-03309-8.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39312956/
※5. Characterizing Long COVID in Children and Adolescents - JAMA. 2024 Aug 21;332(14):1174-1188.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39196964/

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