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図書館を訪れた移民3世「ルーツ知りたい」 たった1行の情報で感激
「音」だけで知る、先祖の名前
「自分のルーツが知りたい」――。沖縄県にルーツのある人に、その情報を提供するサービスがあります。2016年から続くサービスは、県立図書館が提供しており、図書館の先進的な取り組みを表彰する「Library of the Year 2024」の大賞を受賞しました。どんな取り組みなのか取材しました。
沖縄県立図書館が2016年から続ける「Finding Okinawan Roots!」プロジェクトは、1899年以降、沖縄県から海外に移民として渡った人たちの子孫が、自身のルーツを辿るための仕組み。問い合わせを受けた県立図書館は、移民1世の名前や生年月日などの情報を元に、収集した資料からそのルーツを調べる手助けをします。
図書館が持つ資料を、利用者のニーズに合わせて提供するレファレンス機能を生かした取り組みです。
始まりは、県立図書館の司書・原裕昭さんとハワイへの移民3世の来館者との出会いでした。
2016年のある日、「レファレンス当番」として図書館で窓口対応をしていた原さん。
そこへ70代くらいの男性が訪ねてきました。
「沖縄にルーツがあるのですが、関連の資料はありますか」
英語を話す男性に話を聞くと、祖父母が沖縄からハワイに移住した移民3世だと言います。
男性は漢字を書くことはできず、祖父母の名前は「音」で知っているだけ。他に分かる情報は生年月日だけでした。
原さんは、図書館にある数多の資料の中でも、沖縄県史を参照することに。沖縄県史には、県内出身者の渡航名簿が掲載されていることを知っていたからです。
男性の祖父母の渡航記録が掲載されている可能性があるのは、6冊ほど。名前の「読み」を頼りに必死で探し、探した記録は「何千件とあった」といいます。
探し続けること数時間。該当すると思われる渡航記録を発見。たったの一行でしたが、「その方はいまにも泣き崩れそうな表情で、ものすごく喜んでくれました」と原さんは振り返ります。
「移民の子孫でも、沖縄まで来るくらいなら、いまも沖縄にいる親戚と交流しているのでは……などと勝手に思っていました。『知らない』ことを知りませんでした」
このときの出会いから、「ルーツに関する情報が重要だということを知った」という原さん。
半年後に沖縄で行われる「世界のウチナーンチュ大会」で、ルーツを調べるためのブースを設置することにしました。
この大会は、海外移民など、沖縄にルーツを持つ海外の沖縄県系人らが集って5年ごとに開催されるイベントです。
ただ、大会の開催前までは、ルーツを調べるブースはまったく注目されていませんでした。
大会はイベントが盛りだくさんのため、大会関係者からさえも「誰も来ないよ」と予想をされていたのだといいます。原さんも「そんなもんなのか」と思っていたといいます。
ただ、当日を迎えると、大騒ぎに。ブースの前には長蛇の列ができ、4日間の開催期間中、273人ほどが自身のルーツを知りたいと願っていました。
「当初は数人で対応をする予定でしたが、人手が足らず、当日図書館で勤務していた十数人の職員にも駆けつけてもらいました」
大会では、琉球舞踊をはじめ、沖縄の文化や歴史を知ることのできる催しが多く開催されます。
原さんは「文化や歴史に触れることはとても素晴らしいです。一方で、ルーツ調査では本当の意味で自分の先祖のことを知ることができます。これは、豊富な資料があり個人の調査を支援できる図書館にしかできないことだと思いました」と振り返ります。
大会での大盛況も後押しになり、事業は徐々に大きく展開していきます。
大会の調査で一番の問題は、調査に時間がかかることと同姓同名が多いことでした。
「県内の同じ地域から、ハワイに行った同姓同名の人が5人いるということもありました」
沖縄では、戸籍名とは別に、通称の「童名(ワラビナー)」をつける風習があり、その際によくつけられる名前の一つに「蒲」「カマ」があります。読みはいずれも「KAMA」ですが、男性は漢字、女性はカタカナを使います。
成人してからも「童名」を使い続けた人もいたそうで、「漢字がわからない県系人が『ARAGAKI KAMA』さんをデータベースで探そうとすると、男性も女性も含まれてしまうため、たくさんの人がヒットしてしまうこともありました」
そんなときは、生年月日を頼りに調査を進めたそうです。
調査時間の短縮を図るため、2017年には、琉球大学らの協力も得ながら、約5万人分の名前と生年月日が掲載された渡航記録の簡易的なデータベース化にこぎつけました。
実は、県立図書館がルーツ調査を始める前から、ハワイにある沖縄県人会は同様の取り組みを20年以上にわたり続けていました。その取り組みを生かすためにも、県立図書館は、海外の県人会と連動して、情報を共有したり、県系人にまつわる資料を世界各地から収集したりするようになります。
海外の県人会とつながっていくと、写真などの資料も集まってくるようになりました。複数の資料を横断することが可能になり、集まった資料の分だけ、正確な情報にたどりつくことが可能になってきたそうです。
いまでは、ハワイ、ブラジル、アメリカ、ペルー、アルゼンチン、ボリビア、メキシコ、キューバ、カナダなど、各国から年間200件ほどの調査依頼が寄せられるといいます。
それと同時に、沖縄県系移民の渡航記録データベースや、沖縄県系移民資料アーカイブをネット上に公開し、情報を得ようとする人たちに向けて発信しています。
先進的な取り組みをする図書館を表彰する「Library of the Year 2024」の大賞を受賞した際、原さんは、「この取り組みを全国的に広げていきたい」とコメントしました。
その背景には、かつて資料の調査研究で滞在していたハワイで「沖縄に限らず、日系人の資料はどう調べたらいいの?」と聞かれた経験があるからです。
「戦前の移民は広島、熊本、山口などが多く、戦後は北海道から鹿児島まで、全国から海外へ移住した日本人がいます。家族や文化に興味を持ち、『出自を深く知りたい』という気持ちは多くの日系人が持っているはずです。ルーツを調べる取り組みが日本全体に広がるといいなと思っています」と原さんは話します。
図書館というと、本の貸し借りがメインのように思われますが、「この取り組みでは資料を収集し、その中から必要な情報を探す図書館のレファレンス機能を使っています。そのため、図書館がこの事業を進めることに僕の中で違和感は全くありません」と原さん。
「このサービスを喜んでくれる人がいるのがうれしい。他の図書館にも広げていきたい」と話しています。
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