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「安楽死したい」と患者 がん治療医が伝えたい緩和ケアへの〝誤解〟

がんの治療医が「緩和ケア」について情報発信する理由はーー。※画像はイメージ
がんの治療医が「緩和ケア」について情報発信する理由はーー。※画像はイメージ 出典: Getty Images

目次

海外での安楽死の事例がニュースになると、患者さんからも「安楽死したい」という要望が出ると、主に抗がん剤でがんの治療にあたる腫瘍内科医の勝俣範之さんは話します。しかし、そこには誤解があり、「極端な選択肢を考える前に、できることがたくさんある」と勝俣さん。がん治療の現場から見た、その別の方法である「緩和ケア」の重要性について、勝俣さんに話を聞きました。(朝日新聞デジタル企画報道部・朽木誠一郎)

<プロフィール>勝俣範之(かつまた のりゆき):日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授、外来化学療法室室長。1963年山梨県生まれ。富山医科薬科大学(現富山大学)医学部卒業後、国立がんセンター中央病院内科レジデント、内科スタッフ。国立がんセンター医長などを経て、2011年より現職。日本臨床腫瘍学会指導医、日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医。近著に『あなたと家族を守る がんと診断されたら最初に読む本』(KADOKAWA)がある。
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「安楽死したい」患者に言われ…

――欧米諸国で「安楽死」の合法化が広がっています。朝日新聞のアンケート調査(※1)でも、安楽死問題に「関心がある」と回答した人が69%に上りました。がんの治療医としてどう思われますか?

※1. 安楽死問題に関心ありますか? - 朝日新聞デジタル
https://digital.asahi.com/articles/DA3S16066929.html

誰しも「死ぬときは楽に亡くなりたい」と思うのは当然のことです。ただ、安楽死の問題については、まだ知られていないこと、多くの誤解もあると思います。

自分の患者さんと話をしていて、「末期がんになるとつらいんですよね」「つらいなら安楽死したいです」と言われました。安楽死の話題がニュースになると、多くの患者さんが「安楽死ができる国に行きたい」と話します。

がんが進行すると痛みや苦しみを伴う場合があり、また、治療には副作用もあるので、その気持ちは非常に切実です。では、日本では法的に安楽死が認められていないので、苦しんで亡くなるしかなく、海外に行かないと楽に死ねないのかというと、必ずしもそうではありません。

日本でも、進行がん、末期がんになっても、苦しくなく過ごすことができる方法があります。それが「緩和ケア」です。緩和ケアは、まだ日本で十分に理解され、一般に浸透しているとは思いません。緩和ケアは、痛みや苦しみを緩和し、患者さんの生活の質(QOL)を高めることを目標とする治療です。「できる治療がもうない人がする」「何もしないで死を待つばかりなのが緩和ケア」というイメージがありますが、それは間違いです。

もっとも効果が期待できて、保険適応の「標準治療」には「手術」「放射線治療」「薬物療法」があります。緩和ケアには、がんに対する治療効果がないので、従来は、治療ではないと考えられてきました。

緩和ケアに治療効果がある可能性が世界的に注目されたのが、2010年に権威のある医学雑誌の一つ『The New England Journal of Medicine』で発表された論文(※2)です。この論文では、緩和ケアによる延命効果が示唆されたのです。

※2. Early palliative care for patients with metastatic non-small-cell lung cancer - N Engl J Med. 2010 Aug 19;363(8):733-42.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20818875/

手術が難しい進行肺がん患者さんを「抗がん剤治療のみを行うグループ」と「抗がん剤に加えて月1回の緩和ケアチームの外来受診を行うグループ」にランダムに割り振り、結果を比較しました。すると、早期緩和ケアを受けていた患者さんは生活の質が高く、うつ症状も少なく、生存期間が2.7カ月も延長しました。また、早期緩和ケアを受けた患者さんは、抗がん剤を使う日数が少なかったことがわかりました。

直接的に延命ができるわけではありませんが、早期緩和ケアを受けた患者さんは、過剰な抗がん剤をやらないことで、患者さんの生活の質が向上し、それが生存期間に影響を与え得た、ということです。

「がんに打ち勝つ」といった言葉には、弊害もあります。「がんと闘おう」とすると、「生活を犠牲にしても治療にまい進したい」と思って、かえって余命を縮めてしまうことがあります。

それよりも、痛みや苦しみを緩和しながら「働き続ける」「自分の楽しみを大切にする」など自分らしい生活をする方が、長生きできる可能性があるのです。

がんになっても、苦しくなく、自分の楽しみを最期までまっとうできる方法があるのなら、それはすばらしいことだと思います。だからこそ、緩和ケアについてしっかり知ってほしいと思いますし、適切な緩和ケアを受けてほしいと思っています。

医療者にも“誤解”、人生と両立

――「治療にまい進したい」と思って、かえって余命を縮めてしまうことがあるのは、なぜですか?

まず、抗がん剤にはやめ時があります。がん細胞は変異を繰り返すので、抗がん剤はだんだん効かなくなってきます。もっとも効果の高いもの(ファーストライン)から使用し、替えていき、現在はフォースラインくらいが限界です。

「奇跡を信じて、どんなにつらくても最後の最後まで、抗がん剤を続けたい」という切実な希望を持つ患者さんもおられるのですが、それは決して適切ではありません。ある時点で、抗がん剤は止めるべきです。

それ以降は、抗がん剤によって体に負担をかけることをせず、痛みや苦しみを緩和しながら生活することで、長生きできる可能性がある。それだけでなく、生活を犠牲にしてでも、という姿勢が、その人にとって本当に幸せか、という視点もあります。

例えば、私の患者さんで、数カ月後に趣味の楽器演奏の発表会がある、という方がいました。「先生、抗がん剤治療をしたいから、発表会には出られませんよね」とおっしゃる。私は「そんなことありませんよ」と伝えました。

その方には、抗がん剤治療の量や日程を調整し、緩和ケアを併行しながら、がんの状態をコントロールして、発表会に出てもらいました。

その方はその後、非常にうれしそうに「諦めないでよかった」とおっしゃっていました。また、再発転移がんと診断されてから、「世界中の国を訪れたい」という夢を持ち、抗がん剤治療を受けながら、毎週末のように海外旅行に出かける患者さんもおられます。

――抗がん剤のような積極的治療と緩和ケアを組み合わせたり、仕事や楽しみを続けながら治療をしたり、といったこともできるのですね。

あまり知られていないことですが、現在の抗がん剤治療の9割以上は、外来で通院しながらできます。積極的な治療を続けながら、仕事や楽しみを続けることは十分に可能です。こんなふうに、がんについては、それ自体も治療も、まだまだ知られていないことがたくさんあるんです。

「食事が楽しみ」と言われる方も多いですよね。実は、がんに対して有効な食事療法はないにもかかわらず、ネットの「食事療法でがんが治る」などの根拠のない情報を信じて、修行僧のような食事療法を一生懸命続けられる方が非常に多いです。

そのような方に「おいしいものや好きなものを何でも食べてよいのですよ」とお話したら、「がんになり、好きなものを食べることを止めて、食事療法していますが、何の楽しみもなくなりました」「そのように言っていただいて、大変うれしい」と、大げさでなく涙を流しながら言っていました。

医療者にも、緩和ケアは「できる治療がない」場合に、というイメージを持つ人が、未だにいます。また、「緩和ケアとは痛み・苦痛を取るものであり、痛み・苦痛がなければ緩和ケアを受ける必要がない」という誤解もあります。

早期の緩和ケアとは、患者さん自身の生活の質を高めること、楽しく人生を生きられるようにすることだと思います。よりよい人生、豊かで楽しい生活ができるようにすること、それが第一目標です。

抗がん剤は、患者さんの生活の質を高めるための補助手段であり、単なる延命効果だけで、生活の質が低下するような治療なら、やらないほうがよいと思います。

緩和ケアを受けたいときは、全国にあるがん診療連携拠点病院では緩和ケアに対応できる機能が整えられているので、まずは担当の医師や看護師、がん相談支援センターなどに相談していただければと思います。

「人生を諦めない」と捉え直して

――勝俣先生が「緩和ケアが重要」と考えるようになったきっかけはあるのでしょうか。

きっかけというか、それは元々ですよ。というのも、私は医師になりたての頃、緩和ケア医になりたいと思っていたのです。

私は医学部に行って、病気を治せるようになりたいと思っていました。手塚治虫さんの『ブラック・ジャック』に憧れて、医学というものに大いに期待して、医学部に入りました。

でも、医学では未だに、治らない病気が多いのです。今でさえ、治る病気なんてほんの一部。私が医学部を卒業したのは36年前、1988年ですから、もっとですね。『ブラック・ジャック』のように、奇跡はそうそう起きなかったんです。

医師としてどんな道を進むべきか迷って、当時、国内の緩和ケアの先駆けとして院内独立型ホスピスを設置していた静岡県の聖隷三方原病院に見学に行きました。私はその頃、医療に絶望していたんですが、そこで出会った患者さんたちは、イメージとまったく違った。

そのホスピスの患者さんたちは、笑顔で私を迎えてくれて。「私は余命いくばくもないから」と言いながら、明るく冗談を言って、最後は「先生、頑張ってね」と握手で見送ってくれました。

びっくりしました。当時の私自身、緩和ケアには「できる治療がない」というネガティブなイメージがありました。でも、緩和ケアにより痛みを取り、生活すれば、最期までその人らしくいられる。だとしたら、もう一度、がん治療というものを学び直そうと、国立がんセンターで研修することにしたのです。

――それ以来30年以上にわたりがん治療に取り組まれています。「2人に1人ががんになる」と言われますが、自分や家族ががんになったとき、どんな心構えをするのがいいでしょうか。

ひと口に「がん」と言っても数百種類あり、その症状や治療もさまざま、患者さんによっても千差万別です。それでも言えることは、がんとは長く付き合っていくものであるということ。「激しく闘う」のではなく、上手く共存する必要があります。

私自身、これだけがんを治療してきても、自分ががんになるのは怖い。医療者はよく「死の受容」という言葉を使いますが、そんなに簡単にできるわけがないですよ。自分ががんになったら、とても「受容」なんてできるものではないと思います。

だからこそ、支えが必要です。治療医は、積極的な治療が終了したからと、患者さんを見放すのではなく、「最期まであなたの主治医です」「いつでも相談してください」と言ってほしい。

「緩和ケア」を「がんの治療を諦める」と捉えるのではなく、「自分の人生を諦めない」「緩和ケアも治療の一つ」と捉えてほしい。やりたいこと、好きなことを諦めず、自分の人生を大事にしてほしいです。
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